視線
ただ、隣に居るだけでこんなにも幸せな気持ちを味わうことが出来るだなんて、そんな人がこの世にいるだなんて、思ってもみなかった。普段はギラついて、目に付く全てを威嚇するような鋭い瞳が、こんな風に優しさを孕んでいることを、私意外に知っている女の子は居るのだろうか?
粗暴だとか、怖いだとか、そんな風に噂される様な彼なのに、本当はとても温かい手をしているって、知っている?
「…何考えてんだ?」
「何も?」
…嘘。ずっと、貴方のことばっかり。
ぎゅっと手を握られるのが、好き。優しくそろりと絡める癖に、離さないって掌が囁く様に力を込められるのが、大好き。
私が潰れるんじゃないかって、今だに心配しながら、けれどゆっくりと体重を任せてくれる様にのし掛かられるのが、好き。
でも、やっぱり、貴方のその目が、大好き。
どこまでも甘くて、でも痺れる様な強さが、ずっと私の中の柔らかな気持ちを刺激する。とろりとした優しさに、私はどこまでも女として幸せを感じている。貴方に見つめられるだけで、それだけで、とても幸せなの。ずっと、ずっと貴方に見つめられていたいって、それだけで幸せだって。
でも、私はそんな健気な女の子のままでも居られない様だ。だって、幸せな気持ちにもなるけれど、心の何処かはずっと疼いている。その、柔らかな甘さを孕んだ瞳が、鋭く、獲物を狩るそれに代わる瞬間を、ずっと待っている。
「やっぱり考え事してやがるな…何考えてんだ?」
「だから、何も?」
少し不満そうに細められた瞳に、少し高揚を覚える。ああ、もう直ぐだ。もう直ぐ、貴方の瞳に映る私は、まるで羊か野うさぎに変わってしまう。感づかれない様、平静を装って、静かに笑んでみれば、ついに、
「気に食わねぇな…」
チッ…小さな舌打ちと共に、ぐっと、私の身体に心地良い重さがのし掛かる。私を気遣うことを忘れた、獣の様な瞳。好き、好き、大好き。
「こんな時ぐれぇ、俺のことだけ考えてろよ…」
餌を前にした獣の様な目をしながら、少し掠れた声で、縋る様に言うなんて。そんな目をしながら、困った様に目尻を下げるだなんて。
「ずるい、」
これ以上そんな目で見つめられたら、もう、張り裂けてしまう。見詰められていたいのに、逃げる様に首筋に顔を埋めたら、満足そうな笑みを浮かべて私の顔を覗き込んで。
「そうだ、ずっと、そうやって俺を見てろ。」
馬鹿。もうずっと、貴方しか見えてない。
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