微糖





「………苦い。」

「旦那様、珈琲とはそういうものです。」



カップに薄い唇を付け、少しだけ傾かせた後の渋い表情。凛とした精悍なそれが、途端に子供のようになるのが、少し、可愛らしい。それは、お茶をお淹れする私だけが見れる旦那様の一面。ただの下働きである私の、たった一つの特別。
独り占め出来るこのひと時がとても幸せで、私は笑いながら角砂糖を一粒、ティースプーンの上に添えた。



「………」

「お砂糖は、一つだけ!と、申し付けられてますので。」



無言の訴えに挫けそうになるけれど、此処でそれを飲んだら、私が怒られる。そもそも、何度も旦那様のそれに負け続けた私は、既に角砂糖が一粒しか入っていないシュガーポットしか渡されなくなったのだから。本当に、執事長の躾はいつもお厳しい。
旦那様も、直ぐに執事長にお叱りになられるのを想像したのだろう。眉を顰めたまま、角砂糖を摘まんでカップへと落とした。
それでも充分美味しいのだけれど、極度の甘党である旦那様には、入ったことすら疑いたくなるのだろう。未だ、拗ねたような表情のまま、カップに口をつけ、



「………苦い。」



そう、また渋い表情を浮かべた。
一日に数度、ほんの少しの時間だけれど、旦那様は色んな表情を見せて下さる。それが嬉しくて、緩む表情を隠しきれなくなったのは、一体いつの事だろう。
…執事長。私はやっぱり、恨めしげにカップを睨めつける旦那様には勝てそうもありません。
くすくすと笑いながらエプロンのポケットを探る私に、旦那様は怪訝そうに眉を顰めて小首を傾いだ。その表情に、二人きりの空間を一度伺い、私は唇にぴんと起てた人差し指を添えた。



「先程、執事長に頂いたんです。きっと、珈琲の苦さも和らぎます。」



小さな小瓶をそっと隠すように旦那様に差し出す。中には可愛らしい金平糖が沢山詰まっている。まるで、星屑を集めたようなそれは、見ているだけでも楽しい。角砂糖ほど溶けやすくはないけれど、幸せな甘さは、きっと旦那様もお好きな筈だ。
けれど、どうしたことだろう。旦那様はその小瓶を不服そうに見つめるだけで、一向に蓋を開けようとはしない。お嫌い…だったのだろうか…?けれど、以前、お仕事中に摘まんで執事長に叱られていたような…。
不安になってそっとお顔を伺えば、チラリ、私にも不服そうな瞳を向ける。



「あれは、どうもお前に構いすぎだ…。」

「、え?」

「釘を刺さねばならんな…俺に断りもなく餌付けのような真似をして…」



ぶつぶつと文句を零す旦那様。よく分からないが…私、執事長に餌付けされている…のだろうか…?確かに、よくお菓子を頂いているような…。
ぼんやりと考えていれば、旦那様は徐に立ち上がり、掌に金平糖を少し開けると、こちらに差し出してきた。



「さあ、お前が貰ったのだろう。」



…旦那様も、餌付けをするつもりなのだろうか?それは、寧ろ嬉しいけれど…。
おずおずと一粒摘まんで口に含むと、柔らかな甘さがじわりと舌を満たす。カリッと小さなそれを噛み砕きながら、旦那様も召し上がるのかと見ていれば、旦那様は珈琲に口をつけた。まだ苦いままなのに。そう、ぼやりと見つめていると、いつの間にか旦那様のお顔が、ち、近い…?



「っ、」

「これは悪くない…やはり、お前は甘いな。」



悪戯っ子のような笑みを浮かべて、だけれど獰猛な瞳で口角を吊り上げた旦那様。
その瞳に映る私は、ただ、ただ、真っ赤で。
唇に残った微かな苦さだけしか飲み込むことが出来なかった。









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