03(2/3)





ゆみは、再び筆を取り、またさらさらと字を書いた。
一言だけ、『帰る』と。



「…帰るとは…家が分かるのだな?」

「…」



ゆみの書いた文字に、幸村は望むような表情で聞いてきたが、ゆみはふるふると首を振る。
家は分かるか、この世界にはない。
ゆみが帰れるのは、あの場所のみ。



『洞窟に帰る』

「、ならぬ!そなたのような幼子が、何故…!!
あの場所は、人が暮らす場ではない…
どうして『帰る』などと言うのだ!?」

『待ってる』

「待ってるって…じゃあ、お母さんがお父さんが来るの?
だから、一人で待ってたんだね?」



ゆみが書く一言一言に、幸村と佐助は、矢張り何か望むような顔をする。
どうして他人のことをそんなに気にするのか。
ゆみは何処か必死な二人を不思議に思いながら、筆を動かした。



『死ぬのを待ってる』

「「、…っ!?」」



ゆみが無表情で記した言葉に、二人は愕然として言葉を失った。
こんなに幼い少女が、まるで当たり前のことかのように、『死』を待っている。
たった一人、感情を亡くしたかのように、小さな体が朽ちるのを待っているのだ。
少女が背負った純然たる闇。
幸村は、ゆみを見詰めながら、ボロボロと涙を零した。



「何故だ…何故、そなたのような幼子が死を待たねばならぬのだ!?
何故…何故…!?」

「…」

「某は阿呆だ…!!
ただ、そなたが目覚めるのを待っておった。
目覚めれば、そなたは笑ってくれると…馬鹿みたいに思っていたのだ…!!」

「旦那…」



両手を強く握りしめ、泣きながら何度もその拳で畳を殴る。
どうして、赤の他人の自分のことでこうまで泣いて怒るのか。
理解出来ない。
それでも、自分の所為で泣かせたのだと思うと、少し悲しい。
ゆみは、小さな両手を幸村の顔に伸ばした。



「、っ?」

「…」



ぺたぺた。
小さな手は、驚く幸村を気にも止めず、何度も何度も流れる涙を拭った。
驚いた幸村は為すが侭で、いつの間にか涙も止まって。
それを綺麗に拭いきったゆみは、無表情ながらも何処か満足そうに頷き、手を更に伸ばして幸村の頭を撫でた。
小さな手で、幸村の柔らかな髪を優しく梳く。

自分よりもずっと小さな子どもに慰められる。
本来なら恥ずかしく思うのだろうが、今回は違った。
それは、こんなに小さな身体なのに、ゆみが幸村を包み込むような大きな優しさを持っているように思えたからかもしれない。



「何故…そなたは死を待つのだ…?」

「・・・」



幸村は、暫くの間彼女に撫でられ、そうしてポツリと聞いた。
どうして、そこまで静かに受け入れようとしているのか。
何故、一人でそれを待とうと思えるのか。
呟くような幸村の問いに、ゆみはピタリと動きを止め、やがて、ゆっくりと筆をとって紙の上にそれを滑らせた。



『私は、元々この世界と繋がりを持ってない人間。
異物は取り除かなければいけない。
だから、死ぬの。
どうせ、私にはもう、何もない。』

「「・・・、?」」



二人は、顔を見合わせた。
子供のものとは思えない言葉。
理解できない戸惑い。
けれど、彼女の言葉は、彼女自身の違和感を表すものであった。
彼女を見付けた、幸村の夢。
子供らしからぬ少女の存在。
そして、その少女が受け入れようとしている悲しい結末。



彼女は、自分達が生きる戦国乱世の人間ではないのだ。



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