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「さて。
じゃあ、自己紹介からしようか?」



お小言を沢山言って満足したのか、ゆみの目の前にはさっぱりとした笑顔。
彼は『猿飛佐助』と名乗った。
もう一人、しょ気ていた青年は大きな声で『真田幸村』と名乗った。
二人の名前、自分が保護された建物、外の景色。
ゆみはそれらの情報から、自分は矢張りとんでもなく非現実的な状況に陥っていることを理解した。

2週間前。
普段通り学校に行った帰り道。
ぼんやりと歩いていた彼女は、突然激しい眩暈に襲われた。
そのまま道端で意識を失い、ひと月前に亡くなった母親の夢を見て、目を覚ましたら世界が一転していたのだ。

先ず、目覚めたそこは母の夢で居た洞窟。
外は何とも深い森。

そして、学校の制服をそのまま着ていたが、身体が小さな子どもになっていた。
ぶかぶかの制服をブラウスだけワンピースのように着てジャケットを羽織り、スカート等は転がっていたスクールバックに仕舞い込んだ。

何となく、自分に未知の経験が降りかかっているのを理解はしていたが、二人に出会って、『此処』が何処であるかを理解した。

ゆみは、戦国時代にタイムスリップをしてしまっている様だった。
それも、何故か子供の姿になって。

直前の母との夢から、この状況は母が用意したものなのだろうと分かれど、どうして子供の姿なのかが分からない。
これでは、一人で生きていくのは難しい。
時代も時代。
自分の身を守るのも困難である。

ぼんやりと物思いに耽っていたゆみだったが、急にフワリと自分の身体が浮いたのに我に返った。



「俺様達の話、聞いてるー?」



目の前には、少し苦笑を浮かべた佐助の顔。
彼に抱き上げられているのを認識したゆみは、彼の言葉にふるふると首を横に振った。
そうすれば、盛大な溜息が返ってくる。



「お姫様のお名前は?何処から来たのかな?」

「・・・」



佐助は、ゆみが聞いてなかったのだろう質問を投げてきた。
それに、ゆみは黙った侭で彼をじっと見詰めた。
ゆみの来たところを正直に話して、信じてくれるとは思わない。
自分だったら信じない。
だから、話さない。
押し黙ったままのゆみに、佐助と幸村は困ったように顔を見合わせる。
ゆみは、目を覚ましてから一言も喋っていない。
表情も、無表情のまま。
さぞかし可愛げのない、扱い辛い子供であろう。
そっと再び下ろされると、ゆみは小さな身体で正座をし、畳に視線を落とした。
ぼんやりと畳の目を数えていると、その視線に、紙と筆が入ってきた。
何かと視線を上げれば、それを差し出しているのは幸村で。



「字は、書けるだろうか?」

「・・・」



おずおずと伺う彼に、ゆみは暫く黙って彼を見詰た。
ゆみが話したくないのを感じ取ったのだろうか。
自分の視線を正面から受け止めている彼にコクリと頷けば、幸村は子供の様に笑顔を浮かべた。



「名は…聞いても構わぬだろうか?」

「・・・」



幸村は、またおずおずと伺った。
ゆみが関わりを持ちたくないのを感じ取っているのだろうか。
けれど、この世界で諦めを感じ、静かに訪れる最期を待っていたゆみを真摯に案じてくれている。
保護してもらい、今も手を差し伸べてくれている。
その手を取るつもりは無いが、名乗るぐらいなら構わないだろうか。


そっと筆をとり、さらさらと自分の名を書く。



「ゆみ…
誠に良い名だ!」

「小さいのに文字を書けて、おまけに達筆だ…
こりゃ、やっぱりどっかのお姫様かなぁ?」



幸村は名を褒め、佐助は字を書くことを褒める。
『ゆみ姫なんて、聞いた事ないなぁ…』なんて呟きには、それはそうだと思う。
ゆみは只の未来の人間で、一般家庭の子供なのだから。



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