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「旦那ー?
また此処に居たの?」

「佐助か…」



上田城のある一室。
中央に敷かれた布団の前に座る主に、佐助は小さな苦笑を洩らした。
いつものやかましさは何処に行ったのか、その主・幸村はその布団の前でらしくなく暗い表情。
それも、その布団で眠る少女の所為だろう。
幸村の夢が導いた出会い。
洞窟で保護した少女は、上田城に連れてきてからもう1週間も眠ったままで。
酷く衰弱してはいたが、命に別状は無い。
薬師の言葉に一時は安堵したが、こう何日も眠ったままでは、別に心配が増える。
飲まず食わずでは、繋いだ命はいつかは消えるのだから。



「誠に不甲斐無い…!
俺は、誓ったのだ…
この者を守ると…だが…ッ!」



『これでは、約束も果たせぬ…!』
悔しそうに拳を握り締める幸村に、佐助は顔を伏せた。

少女は見たところ、5〜6歳といったところだろう。
烏羽玉の様に艶やかな長い髪。
ともすれば、病的にも映る白い肌。
伏せられたままの瞳を縁取る睫毛は長く、薄い桜色の唇はふっくらと柔らかい。
幼いけれど、とても美しい容姿をしているのは伺えた。
着ていた衣もとても上等な生地で仕立てられており、何処かの姫様の様。
けれど、それらしき姫の情報は無い。
衣も、見たことのないような誂え方で。

素性の知れない存在は、主を持つ忍には不安要素でしかない。
保護した経緯も不可思議で、本当に人なのかどうかも怪しい。

けれど、どうにも佐助にはこの少女を疑う事が出来なかった。
不安要素である存在が、気に掛かって仕方が無い。
幸村と同じく、佐助もこの小さな存在の目覚めを待っているのだ。



「旦那さ、この子が目を覚ましたら…その後の事は考えてんだろうね?」

「…先ずは、お館様の指示を仰がねばなるまい。
然し…俺は、この娘をこの上田城で育てていきたいと思っている。
養子として迎え入れる心構えも、既にしておる。」

「…御嫁さん貰う前に子持ちだなんて、旦那ったら…
俺様、そんな破廉恥な子に育てた覚えはありませんよー?」

「んなっ!?
な、なななななななななな何を申して居るか!?
お、おおおおおおおおおお俺は別にそのような・・・!!」



真剣な確固たる意志をもった主の瞳。
その意思を汲み取った佐助は、一度小さく嘆息し、茶化す様に軽い口調でこぼす。
それに、真っ赤になった幸村はしどろもどろに弁解を試みる。
そして、言葉を詰まらせたかと思えば、バンッと部屋を飛び出す。

『叱って下され、お館様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

いつもの幸村の騒がしい雄叫びに、安堵したような笑みが佐助に浮かぶ。
暫く庭で騒ぎ回る幸村を見て笑っていた佐助は、耳に届いた小さな衣擦れの音にハッとして振り返る。



「―――・・・っ」



息を詰めて見守る佐助の視線の先。
1週間、変わる事の無かった寝顔。
その眉間が小さく顰められたと思えば、伏せられっぱなしだった睫毛が小さく震え、ゆっくりとその瞳が開いてゆく。



「、旦那!!
目を覚ましたよ、旦那ー!!」

「誠か!?」



慌てた佐助の声に、弾かれた様に幸村も戻ってくる。
二人が見守る中でゆっくりと開かれた瞳は、見たことも無い程に澄んだ、美しい紺碧色だった。



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