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視線の先に居たのは、先程の熊ほどの大きさの白き虎。
けれど、その白は力無く地面に伏せ、その身体を惨たらしい紅に染めていた。

望月の見解では、助からない。
それは、ゆみにとっても同じなのだろう。
泣きそうに眉を下げたゆみは、そろそろとその大きな身体に近付こうとする。



「、姫っ、駄目です!!」



手負いの獣は危険窮まりない。
助けに入ったゆみさえも敵と認識すれば、最期の力さえ惜しまず、噛み殺そうとするだろう。
慌てて止める望月だが、ゆみは静かに首を振り、さらに虎に寄った。



―グル…

「…そう、」



這うようにゆみが近付けば、虎は薄く瞳を開き力無く鳴いた。
それに静かに頷き、ゆみはそろそろと手を伸ばした。
虎は牙を剥くことも爪を起てる事もなく、伸ばされた細い腕を受け入れる様に瞳を閉じる。
ゆみはそっと虎の頭を撫で、ゆっくりと身体にも手を伸ばした。



「もっと早く来てれば…ごめんなさい…」



ゆっくりと労るように大きな身体を撫でながら、ゆみはほたほたと涙を落とした。
暢気に山菜とりなどしていなければ、直ぐに異変に気付けるほどに気を配っていれば。
後から沸いて来る後悔に顔を歪め、何度も謝罪を口にする。
自然界に生きる獣の争いに介入するなど、烏滸がましいにも程がある。
けれど、『死』を目の当たりにするのは、辛い。
この、戦乱の世よりずっと先の平和な時代で家族を亡くしたゆみには、それは殊更。
ほたほたと止まらぬ涙と謝罪を零していれば、虎は再び薄く瞳を開いて、また力無く鳴いた。
それにゆみが顔を寄せれば、零れ落ちるその涙を拭うようにゆみの頬を数回舐めた。



「有難う…ごめんなさい…」



ゆみは縋るようにその首に腕を回し、何度も謝り、そして、ぎこちなく笑顔を見せた。
それに虎は満足げに喉を鳴らすと、ゆっくりとその身体から力を抜いた。



「、ぅ…っく、っ…」



優しい命が、目の前で消えた。
辛くて、悲しくて、申し訳なくて。
動かなくなった大きな身体に縋り、ゆみは嗚咽を零しながら泣いた。
その姿を、ただ見守るしか出来ないでいた望月だが、然し次の瞬間には素早くゆみの傍に居た。



ーーーヴゥ…



カサリとなった小さな草の音。
二人の視線の先には、小さな身体で必死に威嚇している小さな白い虎。



「子供が…居たのね…」



涙を拭い、その子虎を見詰めたゆみ。
近寄ろうと立ち上がれば、更に警戒を強めて低く唸られる。
それに近寄るのは、今度こそ望月も許さなかった。



「姫、駄目です。
あの子虎は、本気で姫を殺しにかかる。」

「でも、放ってなんておけない…」

「それでも、駄目なんです…っ」



近付こうとすれば、望月はその細い腕を掴んで止める。
その手は離されなくて、近付くことの許されないゆみは、ただ、子虎の方を見た。
牙を剥いて唸る子虎は、ゆみが近付いて来ないのを悟ってか、じゃり…と一歩踏み出した。



―――グルルル…

「おいで…」



決して瞳を逸らす事をせず、望月に掴まれていない方の手を差し伸べる。
子虎はじりじりと近寄りながらも、唸るのを止めない。
大切な姫が守ろうとしていても、それで彼女が傷つくのは見過す訳にはいかないのだ。
抱えてその場を逃げようと望月は動きかけたが、その子虎の牙は、ゆみを傷つける事はなかった。



―――クゥ…



子虎は、小さく鳴いた。
ゆみに向かっていた体を返し、今し方息を引き取った親虎の首元に擦り寄り、そして涙を流したのだ。
その傷ましい姿に、居ても立ってもいられなかった。



「っ、姫!!」

「、放ってなんておけない…っ」



少しづつ冷たくなっていく母親に寄り添って、力なく涙を流す子虎に、フラッシュバックを覚えて涙の留め方は分からなくなってしまった。



それは、いつかの自分。



(ママが死んだ時、私には誰も居なかった。)

(けれど、今は幸村も居る。大事な人がいっぱい居る。)

(そして、)

(あなたには今、私が居るから。)



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