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「おや…後少しだったのに残念ですね…」

「明智殿…何をして居られる…!?」

「、!?」



そっと開いた瞳に映ったのは、いつも見上げていた真っ赤な背中。
夜風に靡く、真っ赤な鉢巻と一房だけ伸ばされた茶色の髪。
真っ赤な二槍は鎌を難なく受け止めている。
大きな瞳を零さんばかりに見開いたゆみがその瞳に映したのは、正しく真田幸村の姿であった。
何故、幸村がこんなところに?
狼狽えるゆみには気付かぬのだろう。
幸村は目の前の狂気の塊の様な男…呼ばれた名前から察するに『明智光秀』と思われる男を見据えた。



「風の噂を聞いたのですよ…
何でも甲斐の虎が養女を迎えたそうですねぇ。
その姫は、虎の若子に輿入れをしたのでしょう?」

「、…っ」

「貴殿には関係のないこと…
早々に立ち去られよ。」



甲斐の虎の養女で、虎の若子の嫁。
自分のことだと狼狽えたゆみに明智は気付き、不気味な笑みを深めた。



「火種は消しておかねばなりません。
…貴女もそう思うでしょう?」

「…ッ!!」



幸村の肩越しに訪ねてくる明智に、ゆみはビクリと身体を震わせた。
気付いているのだ、ゆみがその甲斐の姫君であると。
幸村に、自分が『ゆみ』だとバレるかもしれない。
たった数刻の間に姿を変えた自分を、幸村はどう思うだろうか。

死よりも恐ろしい恐怖を感じたゆみは、カタカタと震える自分を必死で抱き締める。


「明智殿…この女子は関係ないであろう。
貴殿のお相手は、某が務めさせていただく。
手加減はせぬぞ!!」



ゆみからは、その表情は伺えない。
けれど、聞いたこともない程に低く、唸るように吐き出された幸村の声は冷たい。
安堵と同時に覚えた恐怖に自らの身体を抱き締め、ゆみは小さく後退った。



「もう大丈夫で御座る。
そなたの事は、この真田源次郎幸村が御守りいたす。」



ゆみの大好きな、太陽の様な笑顔。
再び向けられたそれに嬉しく思う。
けれど、それは特別なものなんかではない。
身勝手な悲しさを感じるが、そんな場合ではなかった。
明智は、再び愉しそうに鎌を振り上げたのだ。



「ぬぅ…!!」

「余所見をされると寂しいですねぇ…
さあ、私を楽しませて下さい。」



初めて間近で見る死闘。
その恐ろしい程の迫力に、背筋が粟立つ。



「どうしました?
防ぐばかりで、私から逃れられると思っているのですか?」

「くっ…!!」



明智の怒涛の攻撃に、幸村は防ぐばかり。
見守っていて、気付いた。
幸村が防ぐ一方なのは、自分が居るからだ。
ゆみが傷付かぬよう、幸村は二人分守っている。
なんてことだ…
幸村の足枷になるだなんて、一番望んでいなかった。



力が欲しい。
幸村を守る力が。
守りたい。
守りたい、ただ貴方だけを。
ぽろぽろと溢れ出す涙。



「これ以上は面白くありませんね…
虎の若子、死の間際で私を愉しませて下さい。」

「、くぅっ…!?」



防戦されるだけでは、愉しくない。
幸村は必死だったそれに飽いた明智は、一際強く鎌を奮い、幸村の二槍を凪ぎ払った。
顔を歪める幸村に振り下ろされる、鎌。

いやだ、いやだ、いやだ!!
もう、自分の所為で大切な人を死なせたくない。
二度と会えなくても構わない。
だから、
だから、



「ヤメてーーーーーーーーー!!」



切なる願い、真白な世界。



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