07(2/3)
「時計は…合ってるのかな…?」
独りごちて零す、深い森の中。
細い自分の自分の手首では、圧倒的な存在感を示すスポーツウォッチ。
子供の姿になっていた時は鞄にしまっていたそれは、日付も時間も淡々と進める。
正確かどうかなんて、この世界で確かめる術はない。
上田城から出て、時計ではもう6時間ほど。
舗装されていない山道を歩くのに、ローファーは悲しい程に不向きで。
靴擦れを起こしている靴の中と、疲労の蓄積される身体を休める為に、大きな木の根元に腰を下ろした。
「ゆき…どうしてるかな…」
自分が居なくなって、少しは悲しんでくれているだろうか?
ふと浮かんだ幸村の笑顔に、ゆみは首を振った。
未練がましい自分に笑ってしまう。
いつまでも甘えた考えを野放しにしている訳にはいかない。
もう命を粗末にするつもりはない。
これから一人で生きていくのだから、強くあるべきなのだ。
もうヘトヘトで、本当に眠ってしまいたいところだが、流石に夜の森は危険だ。
「もうちょっと…頑張ろう…」
せめて、人が居るところまで。
重い身体を奮い立たせ、再び歩き出す。
あぁ、何か歌でも歌おうか。
頭の中から、元気の出そうな歌を探してみる。
けれど、浮かぶのは物悲しい歌ばかりで。
ふるふると頭を振って、そんな歌を思考から外す。
再び歩みを進めたゆみ。
けれど、その足は背後から聞こえた物音にピタリと止まってしまった。
「…おや?
こんな深い森に珍しいですねぇ。」
「、…」
それは、此方の台詞。
振り返ったゆみの視界に映った一人の男。
白く長い髪、青白く映る肌、暗い色合いの妙な鎧。
そして、大きな鎌。
静かに笑う男の異様な空気に、ゆみの喉が急速に渇きを覚える。
「これは、可愛らしいお嬢さんですねぇ。
そして…」
美味しそうだ。
ニタリと笑う男は、静かに鎌をゆみに向かって振り下ろした。
咄嗟に避けるが、切っ先は腕を掠り鋭い痛みを覚える。
顔を歪めるゆみとは相反して男は楽しそうで、その上鎌の先についた彼女の血まで舐めてみせる。
「、」
「あぁ、良いですねぇ…その表情、気分が高揚してきますよ!」
狂気に満ちた男は至福を感じているかのような笑顔を浮かべるのが、そら恐ろしい。
再び振り下ろされる鎌。
今度は避けきれない。
「ゆき、ごめんなさい…」
ぽそりと零した。
約束したのに、駄目みたいです。
『そなたも、守れ。
母君に守られたその命を。
母君の想いを無駄にしてはならぬ。』
幸村の力強い笑顔が浮かぶ。
あぁ、せめてその笑顔を想いながら迎えよう。
ギュッと目を瞑り、それが訪れるのを待つ。
然し、ゆみの首は落ちることはなく、ぶつかり合う金属音が聞こえた。
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