例えばあの時、彼に会わなければとふと考えることがある。別に会わなければ良かったのにと思っているわけではない。ただ、彼と出会うことであの時には想像がつかないほどに自分は随分と変われたものだなと思うのだ。

「シフレ、聞いてんのかよ」

ハッとしてシフレが顔を上げれば、クロウが少し不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。慌てて先程まで見ていたものをクロウには見えないようにくしゃりと握り潰して後ろへ隠す。

「ご、ごめん、ぼーっとしてた。なに?」
「ただ単に今日は他のヤツラがおせーなって話だけどよ……どうかしたのか?」
「ううん、何でもない。本当にただぼーっとしてただけだから」

そうは言うものの、先程のことを詳しく聞かれれば少々面倒なことになる。シフレとしてはクロウにこれ以上の詮索はしてほしくはない。それを察したのか、クロウは完全に納得してはいないようだったが、ふうん、と一旦は納得したようだった。

「そういえば、新曲は何か進展あった?」
「いや、ダメだな。ある程度は出来てはいるんだけどよォ……どうも、何か足りねーんだよな」
「うーん……そっかあ」
「次のライブまでそう時間もねぇだろ? 間に合わせてぇんだけどな……」

口ぶりからしてかなり悩んでいるようではあったが、シフレにはクロウが楽しんでいるようにも見えた。音楽について何かしているクロウはいつもとても楽しそうだ。彼にとって音楽というものがどういう存在であるのかがよくわかる。そういうクロウが、シフレはとても好きだった。クロウのために何かしたいという気持ちにかられる。初めて会った時と何ら変わらない。だからこそこうして此処にいる。だからこうしてシンガンクリムゾンズのマネージャーとなったのだ。

「あっ、そういえばね、雑誌のインタビューの話がきてるの」
「マジかよッ!?」

雑誌のインタビューは過去数度受けたことがあるがまだまだ知名度の足りない彼らにはそう頻繁にくる話ではない。だからこそ、例えどれほど小さい扱いだとしても、ほんの少しのページでも、雑誌に載れば更なる知名度アップを狙える。それがあるからこそシフレとしても是非ともこの話は受けたいと思った。

「うん。とはいえ、次のライブが上手くいけばだけどね。上手くいかないようならこの話はなかったことにって言われてる」
「そんなもの余裕だな!オレの紅蓮のヴォイスで家畜を増やして出荷させてやるぜ!!」

そう言うクロウは目を輝かせ、自信に満ち溢れている。これがクロウ以外ならば何故ここまで自信に満ち溢れることが出来るだろうと思ったことだろう。だが、クロウならば、いや、シンガンクリムゾンズならばそれが出来る筈だとシフレは信じてやまない。

「そうだね。シンガンのライブなら……きっと」

初めて彼らの音楽に触れた日のことを思い出す。あれが全ての始まりだった。シフレの世界を壊し、新たに創造したあの日のことはこれからも忘れはしないだろう。そして、それ故に先程のことがシフレの気持ちを揺るがす。また前のようになってしまうのではないか。何事もなかったかのようにあの日々に戻るのではないか。そうした不安が纏わりついてはなれない。

「オイ、またぼーっとしてんぞ」
「えっ、あ、あはは……何でだろう、ちょっと、眠いのかも……」
「どうせいつもみてぇに夜更かししたんだろ?」

早く寝ろって言ってるだろ。ただでさえ無理しがちなんだからよ。頭をぐしゃぐしゃと撫でながらそう言うクロウの口ぶりは優しく、心から心配してくれているのがよく分かる。それが温かく、嬉しくてこくりと頷けば騒がしい音と共に部屋の扉が開き、シンガンクリムゾンズの他の三人がスタジオにやって来た。それと同時にクロウの手が頭から離れて少々名残惜しかったが今のを他の三人に見られるのは気恥ずかしいため、これで良かったのだろう。そうしてクロウと共にやって来た三人に挨拶を交わせば、ロムが心配そうな顔をして声をかけてきた。

「どうした、顔色があまり良くないぞ」
「……そう、ですか? 寝不足気味なだけですよ」

そんなにも良いとは言えない顔をしているのだろうか。これ以上気を遣わせるわけにもいかないと困ったように笑って誤魔化せば、ロムもまたクロウ同様にあまり納得はしていないようだったが、無理はするなよ、と言っただけでそれ以上は何も言ってはこなかった。それに安堵しつつ、誰にも悟られぬように後ろへと隠していたものを再度力一杯握り潰す。早急に処分してこんなものはなかったのだと忘れてしまおう。そうだ。何も、なかったのだ。何も。

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