「…上田、ですか」

そう言って彼女は何やら複雑そうな顔をした。そして、私はその間は如何なるのですか、と小さな声で言った。俺と彼女しか居ないこの部屋ではそんな声も普通に耳に届いてくる。

「流石にお姫様は此処で留守番、だな。女の子を戦場には連れて行けないからな」
「……そうですね、そうですよね」

彼女の顔に悲しみが宿る。本人としては必死に隠しているつもりなんだろうが、隠し切れていない。おいおい、そんな顔しちゃ折角の可愛い顔が台無しだぜ?

「どうしたんだ、俺が居なくなるのが悲しいのか?」
「悲しい…私は、兄上と孫市様が居なくなる事が悲しいのでしょうか…」

そういえば、政宗の奴が彼女の傍を長い間離れるのがこれが初めてかもしれない。生まれつきの身体の弱さ故に実の母親に疎んじられ、ついこの前まで侍女達とのみ生活をしてきた彼女。父親も兄弟も存在を知りながらも会える事は叶わず母親が伊達家から追い出された事により、漸く兄である政宗と会う事が出来た。政宗は彼女を思ってなのか、自分の寂しさを埋める為か、彼女の傍をほとんど離れなかった。それが、今回は出来ない。彼女は連れては行けない。

「孫市様、私には理解出来ぬのです」

何故、こんなにも悲しそうな顔ばかりするのだろう。俺は彼女が笑ったところを一度も見た事がない。政宗が言うには、彼女がもっと幼い頃から使えてきた侍女達ですら彼女の笑顔を見た事はほとんどないらしい。

「私は母に疎まれてきました。兄は存在は知っていましたが実際に会ってからはまだ日数が経ってません。父や他の兄弟達とは面識が無く、一番長く共に居た侍女達は、未だに何を考えているのかが分かりません」

彼女と視線が交わる。嗚呼、同じだ、と思った。彼女はまさしく政宗の妹だ。深い闇に囚われている。

「兄上は私が大切だと仰います。されど、私はそんな兄上が大切かが理解出来ぬのです」

母親に疎まれ、他の肉親と会う事はなく、理解出来ない侍女達と長年月日を共にし続けてきた彼女には足りないものがある。
それは「愛」だ。侍女達の中には彼女を大切に思い、実の娘のように思った者もいるに違いない。だが侍女達が理解出来ない彼女にそれは届いていない。

「孫市様、私は如何すれば良いのでしょう。これでは兄上に失礼ではないかと思うのです」

兄上は私を大切に思って下さっているのに、と言う。愛が理解出来ていない彼女には、政宗からの思いに如何答えればいいのか分からない。今まで相手に愛を与えて来ていない為、愛の与え方すら知らない。

「俺が思うに、君は愛を知るべきだ」
「…愛?」
「そう、愛だ。家族愛でも、恋愛でも何でもいい。そうだ、俺が君に愛を教えるってのはどうだ?」

いつも女性を口説くように言ってみるが、彼女は首を傾げただけだった。……まあ、こうなるのは予想済みだ。

「とりあえず、愛を知る為にも笑ってみようぜ。君の女神のような愛らしさが台無しだ」
「そうは仰いますが、笑うなど簡単に出来る事では…」
「出来るさ。誰だって出来る。君は慣れてないから俺にそう言われて如何すればいいか戸惑ってるだけだ」

俺は彼女に笑顔を向けた。こういう場合、俺が手本を見せるべきだ。彼女は暫く困ったようにこちらを見ていたが、やがてはにかみながらも笑みを浮かべた。かなりぎこちないが、女神の笑みに間違いない。こんなにも可愛いんだから、やっぱり彼女は笑うべきだ。

「…孫市様は、本当に凄い御方ですね。私、改めてそう思いました」
「君にそう言われるなんて俺は幸せ者だな。これを知ったら政宗に殺されるかもな」
「兄上も孫市様を認めていますから、そのような事はしませぬよ。案外、孫市様に愛を教えていただくという話、中々面白いかも知れませんね」

そして、先程とは違って自然な笑みを浮かべ、くすくす笑う。
これは俺もよく分からないうちに、彼女といい雰囲気になったって事か?
その事に喜びかけた時、襖を隔てた向こうから政宗が何やら大声で叫ぶのが聞こえた。……そういや、あいつ、彼女への暫しの別れの言葉が見つからないからって一緒に入って来なかったんだよな。こりゃ、もしかしたらマジで殺されるかもな。


20100316

主催企画「あいをしらないきみへ」への提出作品

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