諸葛亮殿が死んだ。誰もが悲しみ、涙した。そしてそれは勿論姜維も例外ではなく、私には誰よりも諸葛亮殿の死を悲しんでいるように見えた。
「酷な事かも知れないけれど、泣かないで。貴方は、これから諸葛亮殿の遺志を継いでいかなくてはならないのだから」
泣いている姜維の頭を抱きしめ、彼の耳元でそう囁く。諸葛亮殿の死を知っても姜維は他の者の前では一切泣きはしなかった。諸葛亮殿に代わり劉禅様を支え、蜀による乱世の統一を果たさねばならぬと考えたら、そんな時でも弱さを見せてはいけないと思ったのだろう。だからこうして私のもとへ来て、私の前だけで泣いている。きっと、今後もこうして同じことを繰り返すに違いない。私にだけ弱みを見せるつもりでいる。
「貴女は、なまえ殿は、私から離れないでください」
「……ええ」
姜維の、切実なその願いに私は一言だけ返した。嗚呼、でも、胸が痛い。
私にはこの約束を守るつもりなどない。私は魏に降る。蜀を裏切る。姜維を、裏切るのだ。今更胸を痛ませるなんて可笑しな話だ。それに胸が痛いなど私が思っていい言葉ではないではないか。だというのに胸の痛みは増すばかりで、じわりと目に涙が浮かんだ。