「じゃあお父さん、いってきます。」

「あぁ。気を付けて行くんだぞ。」

「はーい。」





『−→+』




「あっ!エアリオだ。」

エアリオが教会に行く前にスラムのマーケットで買い物をしていたら、いつかの泥棒少女が話しかけてきた。

「おはよう。お父さん、良くなったか?」

「うん!もうすっかり元気よ!」

「それは良かった。」

「これから教会?」

「あぁ、そうだよ。」


少女はニヤリと笑い、からかい半分、期待半分に質問した。

「あのかわいい彼女とデートなんでしょ〜?もうキスはした!?」

「し、してないよ!」

動揺を隠しきれず顔を真っ赤にしながらエアリオは答えた。

「ウブね〜。エアリオってば奥手よね。好きなら好きって態度で示さないと逃げられちゃうわよ?」

「…うーん、それは困るな。」

「でしょ!?じゃあ頑張らないと!」

「例えば?」

「あっ!ほら“きせいじじつ”とか良いんじゃない!?」

「っ!?き、既成事実!?」

「うん!よく意味は分かんないけど有効だってお父さん言ってたわ。」


「そ、そっか。分かった、ありがとう。」

「エアリオ。頑張ってね!」
「ハハッ…。」

(女の子ってすごいな…。)

エアリオは茹でタコのように顔を真っ赤かにしながら手を振り少女を見送った。お陰で教会までの道のりは“既成事実”という言葉が頭の中を支配していた。
色んな事を想像しながら歩いていたら恥ずかしさのあまりにその場に倒れ込みそうになったが、そこをなんとか堪えて、考えを振り払うように頭を振り、顔をパンパンと叩いてなんとか意識を現実に引き戻した。


その時、ふと視線を前の方にやると黒い髪の見馴れた服を着た人物を見つけた。

「おっ。ザック…」


声をかけ歩み寄ろうとしたが目の前の光景に足と声は止まった。

見馴れた人影の隣には見たことない人影が一つ、そのシルエットは確かに男のものだった。










キィ…。


「おっはようエアリオ!」

いつも居るはずの姿が見えなくてザックネは辺りを軽く見回したが、そこに目当ての姿はなかった。

「あれ?エアリオ〜?もしも〜し。」


今日は自分の方が先だったのかな?と思い教会の中に足を進め始めたときだった。

「…来たんだ。」


床に座り長机に背を預けたエアリオが話しかけてきたが、こちらに振り向きはしなかった。


「もちろんよ約束したじゃない。」








妙な間が開く。ザックネは一人、嫌な汗をかきながら返答を待っていた。


「約束しても、いつも来ないから。今日も来ないと思った。」


「その…ごめんね。」


刺のある言葉がブスリとザックネに突き刺さる。約束をしても仕事で遅刻やキャンセルをすることは度々あったのでエアリオが怒るのも当たり前だと思い素直に謝る。むしろ今までよく我慢してくれたと感謝の気持ちすら感じるぐらいだった。


「いや、別に構わないよ?ザックネ、他の男と遊んでたって俺たち、付き合ってるわけでもないし。」


「なにそれ!?私がいつ他の男と遊んでたっていうの!?」

感謝の気持ちなんて何処へやら。心当たりも身に覚えもない言われに感情を剥き出しに声を張り上げた。


「ツォン・チャン達も、そう言ってたし、好きだろ?実際。」


対照的にエアリオは冷静に淡々と話しを続けるが、眼は合わせないままだった。


「な!?で、でも、それはエアリオと出会う前の話じゃない!」

「でも、事実だろ?」

「昔の話でしょ!!」

「…浮気者。」

「今はそんなの全然ない!!」
「どうだろうな?」



「…何で、信じてくれないの?」


その声は、ひどく悲しそうだったが、今のエアリオにはその声に気づく余裕なんて微塵もなくて



「……お前、神羅でしょ?」


とどめを刺すように言葉を放った。


「なにそれ!?なにそれなにそれなにそれ!!もう知らない!エアリオのバカ!!帰る!!もう来ないんだから!!」



バタン!!!!




扉の音を最後に一切の音が無くなり教会の静けさが耳にうるさかった。


チラリと勢いよく閉められたドアを一度見てから大袈裟なぐらいなため息を一つしてエアリオはその場に寝っ転がり目をつぶった。



「あ〜〜〜〜ぁ。最悪…。」

朝に会った少女の声が耳にこだまする。

(好きなら好きって態度で示さないと逃げられちゃうわよ!)


(逃がしたくなかったのに、な。)


(“きせいじじつ”とか?)

(そんな場合じゃない、気持ちが、ざわわざするんだ。)


エアリオは更に眼をキツくつむった。両手で顔を覆えば眉間にはくっきりと皺が出来ていて、自然とため息が出てしまった。眼を開ければ花達がこちらを睨んでいそうな気がして、布団を被るように自分の意識の中に逃げ込んだ。



(本当、何やってんだろ俺。)


ゴロン。


(……でもザックネも、ザックネだ。他の奴と楽しそうに歩いたりして、何が、今はそんなの全然ない!!なんだよ。全然あるじゃん、そりゃあザックネ、俺のものって訳じゃないよ?)


ゴロン。

(でもさぁ……。あー思い出したらまた、腹立ってきた。なんか頭の中、ぐちゃぐちゃ。)


ゴロン、モゾモゾ。


ゴロン。



どうにも気持ちが落ち着かずゴロゴロと何度も寝返りをうつが、床の固さに身の置き所さえも見つけられずにいた。


(よく、分からない。俺どうしたんだろ?どうしたら、良かったんだ?)

「なんかもう、最悪。消えちゃいたい…。」
「それは絶対イヤ。」
「うわっ!!」


誰もいないはずの空間で声がしてエアリオは瞳が落ちそうなぐらい眼を見開き飛び退いて驚いた。


「ふふっ。本当に帰ったと思った?」



目を点にしてエアリオはザックネを見たまま固まっていた。


「……思った。いつから居た?」


「ソルジャー1stをなめてもらったら困るわ。」


「…もしかして、最初から?」


「当たり。」


さっきまでのやり取りが嘘かの様にザックネはニコニコしている。


「あのさ、もしかしてエアリオ教会に来る前に私のこと見かけた?」



「……うん。」

胡座をかき眼を伏せて答える。

「男の人と居た?」



「……居た。」



「楽しそうだった?」



「………。」



「やっぱりね〜。それね誤解よ?」


「誤解?」


「そう。あの時あの人と居たのはナンパされたからよ?だから全然知らない人。」

「……楽しそうだったのは?」


「これからデートだからダメ。って断ったら誰と?って聞かれたからエアリオの自慢したの。」


「自慢?」

エアリオは頭の上に幾つかの?マークを浮かべている。


「そうよ。瞳が綺麗とか、男の人なのに肌も髪も綺麗とか、声でしょ?あっ!あと私のこと大切にしてくれるのと認めてくれることも話したわね。あと〜…もうとにかく沢山の自慢してきたのよエアリオの話だもんそりゃ楽しくなっちゃうわよ。」

指を折りながらニコニコと話すザックネを見て、ようやくエアリオは頭の中が整理が出来き、今回の話の全貌が見えたのだった。



「ねぇエアリオは何で怒ってたの?」



「別に、今もう、怒ってない。」


「じゃあさっきまでは何で怒ってたの?」



「…忘れた。」



「じゃあ思い出してよ。」



「ヤダ。」



「ちょっとは考えてみてよ。」



「イ・ヤ。」



「え〜、なんで?」



「もう、いいだろ?そんな事。」


「エアリオにとってはそんな事だったとしても私にとっては大事な事なんですけど〜。」


一人で勝手に誤解していたと理解できた今は恥ずかしすぎて忘れてしまいたい失態でしかなかった。


「ね?お願い考えてみて?」

ね?と言いながら首を傾け上目遣いでお願いしてくるザックネを横目で見てエアリオは少し考え、ため息をつきザックネに向き直った。


「本当は、考えるなくても答え、分かってる。」

ザックネが何!?というふうに瞳を輝かせながら身を乗り出してきたのを見てエアリオは躊躇いながらも腹をくくり覚悟を決め深く息を吸って大きく吐いた。



「……ヤキモチ、妬いてました。」


深呼吸をしても恥ずかしさは払いきれず眼を合わせられずに言った。


「え、なーに?」


エアリオはもう一度言うことを一瞬、躊躇ったものの先程から耳に残る少女の言葉の残像に後押しされ恥ずかしさを押し込め今度こそ眼を見ながらハッキリと答える。



「だから、ヤキモチ妬いてました。ごめんなさい。」

「ん?」


「いや、だから!ヤキモ……。」



そこまで言いかけて一つの疑問が脳裏を過った。



「もしかして、言わせたいだけ?」


「ん〜ん。聞きたいだけ。」

目の前の彼女は満面の笑みを浮かべていた。その笑顔に力が抜ける。


「それ同じだよ?」


「へへっ。ねぇ本当?ヤキモチ妬いたって本当の本当?」



「なんか、嬉しそう?」

「そりゃ嬉しいわよ!だって私のこと好きじゃなきゃヤキモチ妬いてくれないでしょ?」


「そう、かも。」


(好きなら好きって態度で示さないと逃げられちゃうか…。)

(既成事実は無理、だけど。)


「え?」

ザックネは驚いた。

驚いた理由それは、目の前に座っていたエアリオがザックネの左肩に自分の頭を預けたからだった。


そのままエアリオは静かに話しかけた。


「酷いこと、言ってごめんなさい。本当は、信じてます。誰よりも心から。」



いつもより近いエアリオの息づかいや声がザックネをいつも以上にドキドキさせ心臓が破裂してしまうんじゃないかと思うぐらい自分の中に響く鼓動の一つ一つが速く大きかった。



「また俺と、デートして下さい。」


嬉しくて答えるよりも先にザックネは両手でエアリオの頭を包み頬を摺り寄せた。


「うん、私もしたい。本当は、もっと沢山はしたいの。」


「じゃあこれからも、来てくれる?」


「来ないでって言われても来るもん。」


「良いね、それ。じゃあさ、今からでもデート、してくれますか?」


エアリオが正面に向き直り軽く頬を持ち上げ聞いた。

「もちろん!喜んで。」


2人の手が重なりその手を離さないようエアリオが手に力を込めようとした瞬間だった。


「あっ!ちょっと待って。」

あっさりと重なった手は離れエアリオが不思議そうにしていると、ザックネがポケットをゴソゴソして携帯を取り出した。



――ピッ。



「今日の業務は終了しました。」

ザックネがエアリオに真っ黒な画面を見せた。


「良いのそれ?」


「うーん電池切れかな?」


「あはは、なら、しょうがないかな?」


「ねえエアリオ」

「んー?」


「消えないでね?」

なんの事か分からず思考を巡らせていたらザックネはそれを察したのか返事を待たずに話を続けた。


「思いつきの一人言でもダメだから。本当だったら許さない。」

「あー。うん、消えない。それとも、一緒に行く?」

「本当!じゃあその時は私がエアリオを守ってあげるね。」

「え?俺、守られる方なの?」

「任せて!」

「じゃあこれ、前払いな。」
そう言ってエアリオはザックネに小さな袋を渡した。
「なに?」


「開けてみて」

中には花の形のピアスが入っていた。

「今朝、スラムのマーケット寄って、買ったんだ。あげる。」

「え?良いの?」

「気にいってくれた?」

「付けて」と言って左耳を差し出すとエアリオはそれをザックネの耳に付けてあげた。

「指輪なら既成事実、なったかな?」

「えっ既成事実!?」

「ハハッ、なんでもない。はい、付いたぞ。」

「似合う?」

「うん、花は人、選ばないからな。」

「どういう意味よ?」

さぁね?そう言って楽しそうに笑いながらエアリオは今度こそ手を握りしめた、逃がさないようにと。ザックネも握り返す、消えてしまわれないようにと。


どんな誤解もあなたとならならば良い刺激。あなたが居なくちゃ始まらない。



マイナスはプラスへ変われ!!





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あとがき


2010 5 3
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