「俺さー…」
「‥‥‥?」
「自分では自覚ないんだけど“びょーき”らしいんだよなー。」
『びょーき』
「病気?なんの?」
「…言っても、ばかにしないって約束してくれる?」
「うん。(…たぶん)」
「本当?」
「…本当。」
「…恋の病。」
「クスクス。」
「あ!エアリスひでー!ソッコー約束破った!」
「違うよ?笑っただけ、ばかにしてないでしょ?」
そう言い終えるとエアリスは花達の手入れの続きを始めたが、顔はいまだに笑っていた。
「エアリスさーん、ちょっと笑いすぎじゃないですかー?」
「ふふっ、ごめんね?」
(まだ笑ってる。そんなに可笑しなことだったか?)
(あ。戻った。)
エアリスはよく俺に「ザックスの表情、コロコロ変わって飽きないね?」なんて言うけど
エアリスも意外とそうだったりするんだよな。
確かに普段はエアリスってあんまり変わらない。なんてったって空から人が降ってきたって「もしも〜し」って起こしちゃうぐらいだからな。
でも
花の手入れをしている時のエアリスはちょっと違う。
花、一つ一つに一喜一憂するんだ。
喜んでみたり、悲しんでみたり、驚いてみたりと忙しくコロコロと表情を変える。
だから教会のこの席が色んなエアリスを見られる俺専用の絶景スポット。特等席。
(あれ?どうしたんだ、嬉しそうな顔しちゃって…)
(あぁ、そういやあの花は最近ずっと元気なかったやつか。やっと咲いたんだな。)
(悲しそうな顔。あれは逆にずっと元気だったやつだ。でもまぁ確かに昨日はちょっと元気なかったかもな…)
驚いてると思ったら今度は安心したように胸を撫で下ろしたり、優しく微笑んだり
俺なんかよりよっぽどエアリスの方が表情豊かで見ていて飽きない。
でもそうやってエアリスが表情を変える相手が“花”っていうのはどーなんだ?
俺の時だってさ、もっと色んな表情見せてほしいな。なんて思うわけよ。
笑ってる顔はもちろんさ、怒ってる顔も悲しそうな顔もなんでも見たい。
(って花にヤキモチ妬いてるあたりが“びょーき”なのかもな。)
(あ。スッゲーいい顔で笑ってる。こっち向け!もうちょい、もうちょい…)
ザックスが一人椅子の上で念じながら首を精一杯伸ばして正面から覗こうと涙ぐましい努力をしていた時だった。
思いが通じたのか、刺さるような視線が気になったのか
ふいにエアリスがザックスへと振り向いた。
「あ‥‥‥‥。」
あまりにも不格好な姿を見られてしまい、思わず声が出てしまったザックスと目が合ったエアリスは──
ふわり、優しく微笑んだ。
その優しい笑みに気をとられ、元々バランスの悪い体勢だったザックスは一気にバランスを失い、激しい音と共に椅子から転げ落ちた。
「きゃっ?ザックス大丈夫!?」
「‥‥‥‥‥。」
「ザックス…?」
ザックスは少し呆けたあと、急に勢いよく、ガタンッ!と立ち上がり一気にエアリスとの間合いを詰めた。
「エアリス!」
「な、なに?」
「ちょっと手貸して!」
「え??」
ザックスは訳が分からず「?」マークを浮かべるエアリスの手を取り、ザックスの胸へと押し付けさせた。
「どうしたの?急──」
「しっ!」
「‥‥‥‥‥?」
「ほら、聴こえる?」
「え?」
「俺、スゲードキドキしてんの。」
耳をすまして、手に神経を集中させると…
ドッドッドッドッ───‥
(本当だ…。)
「な?いつもより速く動いてるだろ?」
「うん。どうして?」
「エアリスのさっきの笑顔見たらこーなった。」
「それだけ…?」
「そう。だからさ、俺はやっぱり“びょーき”なんだ!初めて自覚した。ははっ、なんかちょっと嬉しいかもな、これ。」
ザックスは嬉しそうに少し照れたように、満足そうに満面の笑みを浮かべていた。
(…あれ?気のせいじゃ、ない?もしかして…)
「…ふふっ。」
「あー…やっぱ、ばっかみたいだったか?」
「ううん、違うの。」
「‥‥‥‥?」
「やっぱりザックス、病気なんだなぁって」
「なんだよ?やっぱばかにしてるじゃない。」
「ううん、違うの。あのね?私もうつったみたい。」
「え?」
「ほら」
エアリスもザックスと同じように、相手の手を自分の胸に押しあてた。
「私もドキドキしてるでしょ?」
「ははっ、本当だ…ってエアリス!?」
ザックスは自分の置かれてる状況に気づき、パッとエアリスから手を離し思わず両手をあげて見せた。
「なに?」
「な、なにって、む、胸っ!」
「ふふっ、へーき。ザックスだからね?」
「どういう意味?」
「ふふっ、どういう意味だと思う?」
「…俺が今日、心臓発作で死んだらエアリスのせいだからな。」
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幸せが一番。
2011 08 13