手を伸ばしても届かない。
近くて遠い、あの星に想いを馳せて。
その煌めきに、全ての星たちがひれ伏すんだ。
僕はあの輝く一等星の傍らで、ひっそりと輝く。
でも、いつか…。
この想いを打ち明けよう。
いつか…いつか、きっと。



























「うわぁ…綺麗…!」
がらんとした教会に、柔らかい声が響いた。
天井に空いた大きな穴から降り注ぐ陽光が、小さな花畑を照らしている。その光がひびだらけのステンドグラスに反射していた。
色とりどりの光に照らされたエアリスは、うっとりと目を細めていた。
「だろっ?だろ〜?」
期待通りの反応に、ザックスの声は自然と大きくなった。
今、彼女の視線を釘付けにしているのはザックスの手の中にある携帯端末だった。
小さな液晶画面には、緑溢れる村の風景が映っていた。木々の上に見える空の鮮やかなブルーが目を引いた。
ぽっかりと浮かぶ白い雲の間に、光のプリズムが作り出すアーチがうっすらと架かっていた。
彼は嬉しそうに端末を覗き込むと、照れ臭そうに笑った。
「いや〜もう決定的瞬間だと思ったね!よく撮れてるだろ?なっ?」
「ふふっ。ザックス、お手柄、だね!」
エアリスは手を叩いて喝采した。
彼女はゆっくりと天井を見上げて、眩しそうに目を細めた。
温かな春の日差しを浴びて、彼女の柔らかな髪がきらきらと輝いていた。
「本当に、あるんだね…虹。お伽噺の中だけでしか、見られないのかと思ってた…。
可笑しい、ね…」
教会の屋根よりも遥かに上にある魔晄都市を支える分厚いプレート。そのプレートに空いた穴から覗く、小さな空。
そんな空の欠片は、黒いスモッグによって覆われている。
微かにそよぐ風と、温かな日の光だけが自然を感じさせてくれた。
エアリスはそっと目を閉じて呟いた。
「本当に、あるん、だね…」
ぽつり、ぽつりと溢した言葉はひっそりと教会を震わせた。
ぼんやりと遠い空を眺めるエアリスに倣って、ザックスも目を細めた。
遥か遠くに見える白い雲の端っこがちらりと見えた。それが、ふわふわと空を泳ぐ魚の尻尾のように見えて、ザックスは思わず吹き出した。
エアリスはそんな彼を不思議そうに見つめた。
「どしたの?」
「ん?あぁ…いや…何か面白いなぁって思ってさ」
「んん?何が?」
小首を傾げるエアリスは、好奇心に目を輝かせている。
ザックスは空を指して、にっと笑った。
「俺さ、ミッドガルに来てからこんなに空を眺めたことなかったなぁ…って思ってさ…。いつも当たり前にあるから。空はいつも俺の頭の上にあるからさ…」
そう言って、彼は再び空を仰いだ。
端末の画像とは程遠い、薄暗い空だった。
この空の端っこと、遠い地の青空が繋がっていることがザックスには不思議でたまらなかった。
「エアリス、見てみろよ?あの雲、魚みたいな形…してるだろ?」
「あ、ホントだ…。そっくり!でも、それを言うなら…」
エアリスはザックスの手元の端末を指差した。
「こっちは何、かな?」
そう言われて、ザックスはじっと液晶画面を見詰めた。
虹の横に写る雲は、楕円形に広がっていた。所々に角のような出っ張りがある、珍しい形だった。
ザックスは頭を捻る。
だが、あらゆる角度から見ても彼の目にはその形が意味を持って映らなかった。
そんな彼を眺めながら、エアリスはくすくすと笑っていた。
「猫ちゃん、に見えない?」
「あぁっ!ホントだっ!エアリスすげぇっ!」
再び液晶画面に視線を戻すと、七色のアーチの隣に猫の顔が浮かんで見えた。
「可愛い空、だね…」
エアリスはぽつりと言った。
その言葉を合図にして、二人は顔を見合わせて笑った。
二人の笑い声が、花畑を揺らした。
どこからか風が吹き込んでくる。
それは春を感じさせる爽やかなものではなく、土の混じった乾いた風だった。
スラム独特の土を含んだ空気は、ザックスに時を止めたような故郷を思い出せた。
自然と共に過ごした少年時代の思い出は、時に彼を感傷的にもした。それは前に進み、夢を叶えるために家を飛び出した彼にとっては、些か重すぎる感情だった。
それに比べ、彼が勤める神羅カンパニーの本社ビルがある上層はいつも澄んだ風が吹いていた。
賑やかなメインストリートを歩いているだけで、誇らしくなれた時もあった。
しかし、今はこのざらついた風が愛しくてたまらなかった。
彼は自身の変化が誇らしかった。
「どしたの?ザックス、一人でにやにや…。変なの!」
こちらを覗き込む大きな瞳を見据えて、ザックスはにっこりと笑い返した。
「エアリス、ありがとな!」
「私、お礼言われること、してません?お礼、言うなら、私…だよ?」
「うんにゃ…。礼を言うのは俺の方なんだ」
ザックスはエアリスの手を取り、そっと握った。驚いて目を見開いた彼女の頬は、みるみるうちに赤く染まっていった。
「ありがとな。俺に、いろんなものを見せてくれて…」
そう言うと、エアリスは困ったように眉を下げて笑った。
この白い手が、導いてくれる世界は美しい。
今までなら取るに足らないことですら、いとおしく思えた。
小さな雲や、砂が混じる風、質素に花弁を開く花にすら意味を感じるこの世界が、ザックスを喜ばせる。
彼は握る手に力を込めて、目を細めた。
「…いつも、エアリスは大切なことに気付かせてくれるんだ。だから、いつもいつも次は俺も!…って思うんだけど、俺が出来ることなんて…ほとんどないんだ…。ホントに参るよ…。だから、俺…この約束だけは守りたいんだ」
ザックスはエアリスの手を引いて、天井の穴の真下に進んだ。
細く、頼りなげな日の光を指差して彼は言った。
エアリスはぼんやりと上空を見上げた。
「エアリス…いつか…一緒にミッドガルを出てみないか?」
「……どして?」
「外の世界を…緑や、花や海…空…全部を、エアリスに見せたいんだ」
「…ありがと、ザックス…嬉しい…。けど、それはだめ、だよ…。それだけは、だめ…だよ…」
エアリスは静かにザックスを見返した。
諦めたような、恋い焦がれているような。
様々な思いがない交ぜになった揺れる瞳を見ていると、彼はひどく切なくなった。
「私はね、空を見ない…よ。きっと…これからも、ずっと…」
「何でだよっ?」
思わず出した大声が、教会を震わせる。
ザックスは気まずそうにさっと俯いた。
だが、握った手は離せなかった。
そんな彼を追いかけるように、エアリスも視線を下げた。
「私がね、空を見ようとすると、ね…大切な人が、いなく…なるんだ。ずっと、そうだった、から…」
「そんなわけない」
「ホント、だよ…?最初は、お父さん。次は、お母さん…。みんなみんな、私が空の下に出ようとすると、いなく…なっちゃうん、だ…」
「違うっ!」
ザックスは勢いよく顔を上げた。
未だ下を向いているエアリスは、叱られた子供のようにおずおずと視線だけを上げ
た。
ザックスはエアリスの細い両肩を掴み、必死に声を上げた。
ぽとり、と手の内から携帯端末が溢れ落ちたが、彼は見向きもしなかった。
「違う!エアリス、それは違う!それは…それは不幸な偶然が重なっただけだ!」
エアリスはゆるゆると力無く首を振った。
花畑に落ちた端末に映る青空や虹が、彼女を苦しめていることがザックスは悲しかっ
た。

(エアリス…。君は…君は…)

ザックスは溢れ出す悔しさを、掠れた声で絞り出した。
「君は…ずっとこうやって生きていくつもりなのか?こんな…狭い…鳥籠のような世
界で…ずっと……」
彼女は静かに微笑んだ。
優しい目許は、半壊した女神像よりも慈愛に満ちていた。
小さな肩に、こんなにも重い十字架を背負っても尚、笑うことが出来る彼女は強くて
美しい、と彼は思った。

(でも…寂しい…。寂しいよな…エアリス?)

ザックスはエアリスの頬に手を添えて呟いた。
「なぁ…思い上がりだったなら、笑ってくれよ…」
エアリスは答える代わりに、彼の手に自分の手を添えた。
ひんやりとした指先が、彼女の悲しみのようだった。
「俺は…いなくならない」
エアリスはそっと瞳を閉じた。
長い睫毛がゆらゆらと揺れていた。
「俺は、絶対にいなくならない。エアリスの大切な人は、俺が皆守ってやる!もちろ
ん、エアリス自身もだ!」
言葉に乗せた想いは、降り積もる。
その重みが、柔らかな日の光を浴びたエアリスの睫毛を揺らす。
「約束するよ。俺は君を独りにしない」
ぽろぽろと、涙が彼女の頬を伝った。
ザックスの手を大粒の涙が濡らす。
「この空なら、怖くないんだろ?俺を信じろよ…なっ?」
彼女の涙を手で掬い、ザックスは笑った。
温かい雫が彼の指先できらきらと輝いていた。
グリーンの瞳を覗き込むと、エアリスは顔をくしゃくしゃにして笑い返した。
痛々しい程に、綺麗な笑みではなかった。
だが、心から笑う彼女は、かつて見たことがない程に美しく思えた。
「…きっとよ…?私、信じちゃうから、ね?」
「当たり前だろ!空も雲も、星も虹も全部全部見せてやるよ!」
二人は重なる小指を絡めた。
エアリスが顔を上げると、そこには満面の笑みのザックスがいた。
目を合わせて、二人は照れ臭そうに笑った。
その足元で、花たちが踊るように揺れていた。
どちらともなく顔を上げると、魚の尻尾はもう見えなくなっていた。
広い広い空を見た時、エアリスはどんな顔をするのだろうか、とザックスはまだ見ぬ未来に想いを馳せた。
その時は青空に虹が架かっているといい、と彼は薄暗い空を眺めながら願った。









どんなに手を伸ばしても届かない、君を思う。
君は言ったね。
俺の瞳は、空色だって。
でもね…俺も空に君を見つけたんだ。
夜空に輝く、星たちの中でも一等煌めく星。
その星が、君の瞳にそっくりだった。
そう思うと、何だか泣きたくなった。
そんなつまらない話も、いつか君に届けたいんだ。
俺の、この想いと共に。
いつか、いつかきっと…。














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やっとup出来ました。(;_;)ずっとずっと自慢したかったのになかなかup出来ずに…(涙)
こんなに可愛いザクエア(*´∇`*)5月に頂いたんですよ!?もうずっと一人で悶々としてました…。
しかし!見てください!この可愛いザクエア!(←しつこい)
ザッくんエアりんのこと好きすぎて可愛い!(悶え)
エアリスの儚さが見えて途中、胸が苦しくなりました(泣)
でも最終的に二人とも可愛いぞコノヤロー(笑)信じろ信じろ。ザックスは君のために一生懸命だ!

もう、くるみ様素敵すぎです!美味しいザクエアごちそうさまですっ!!

2011 07 28



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