『誘われて、キミの匂い。』



ザックスは久しぶりの非番をココ───スラムの教会でエアリスと過ごしていた。
と言っても一緒に何かをしているのではなくエアリスは日課の花たちの手入れをし、ザックスも最初はそんなエアリスを眺めながらゆったりとした時間を楽しんでいたが、もともと、じっとしていられる性格ではないせいかエアリスに習い、もはや日課となっているスクワットをやり始めてた。


そのスクワットの数も40を超えたとき、くるりとエアリスが振り向きザックスに近寄る。


「ザックス何か匂い、つけてる?」

「え? 匂い? あぁそういや 今日は 香水 つけてるな。」


スクワットのリズムに合わせ言葉を区切って答えていたザックスは、スクワットを止め、正面に向き直る。

「そんなに匂う?あんまりつけてないんだけどな」

「ううん。ただいつもと違う匂い、したから。気になっただけ」

「そんなに違う?」

「少しね?」




クンクンとザックスが自分の身体の匂いを嗅いだ。


「クサイ?」

「ううん。そういうのじゃないけど、なんでかな?って」

「なんで…特に理由はないぜ?あえて言うなら家に在ったからだな。」


「へーーーそうかな〜」


「な、なんだよ?」

「理由、当ててあげようか?」




「理由?つけてる?」

「家にあった理由。」





じー、と覗きこむように見るエアリスの瞳は、まるで自分の心までもが見えているのではないかと思わされ、やましくはないが、あまり言いたくはない理由を隠すようにザックスは背を向ける。


「いや、たまたま在っただけだって。」



「うそ。女の子関係でしょ?」



ギクリと肩を動かし身体を強張らせたのをエアリスは見逃さなかった。


「やっぱりね〜」


「いや、違うんだぜ!?エアリスが思っているようなんじゃないから!本当。」


「私が思っているような理由、て?」


「え?いや、…なぁ?」

「彼女からのプレゼント?」
「そう!そういうのじゃないから!」

「違うの?」




ふぅ、と一息。




「自分で買ったんだ。」


「なんで?」


「いや‥な、前によく遊んでた女の子がいたんだけどさ、“早く来い。”なんていうから仕事終わって直ぐに遊び行ったら、さ…」


ザックスはそこまで話すと後髪をカシカシと弄り続きは言いづらそうな様子だった。



「もしかして、匂い。言われた?」


「そうなんだよ〜」

さすがに傷付いたんだよな〜。と当時を思い出したザックスは肩を落とした。



「でも、私いつものザックスの匂い。好きだよ?」


「だいじょーぶ!分かってるって。エアリスはそんなこと言わないって。たださ普段はめんどくさいし使わないんだけど、休みの日とか時間に余裕のある時に、余った分を使ってるんだ。勿体ないだろ?」


実は、さっき言った以外にも昔ザックスが香水をつけていた理由があった。


それが先程、ギクリと肩を動かし、身体を強張らせた原因。
それは───…









ナンパだ。





エアリスと出会う前のザックスは不特定多数の女の子と遊び回っていた。


街には、自分の村には居ないような綺麗な子や、可愛い子が沢山いる。そんな、ワクワクする街をザックスは気に入っていて、一刻も早く会社で軽くシャワーを浴び、汗を流し香水で誤魔化して手早く街へと飛び出したかった。


そして、街へ出ては知らない女の子に声をかけ一緒に遊ぶ。



そんな生活を送るザックスにとって“香水”は生活必需品だった。



しかし、今は仕事終わりも休みの日も決まって教会へ足を運びエアリスに会いに来ている。

そして、その時いつも香水はつけていない。



別にエアリスに対しておざなりな訳でもいい加減な気持ちなわけでも決してない。


(むしろ今までの女の子よりも気を使ったり、他の誰よりも大切だ。)


それなのに香水をつけたりしないのは…




(早く会いたい。)



以前、気持ちばかりが先走り、シャワーも浴びずにエアリスに会いに来てしまったことがあった。


その時に言われた言葉、あの時の感覚をザックスは今も覚えている。



“「汗は一生懸命、頑張った証。仕事着はザックスの夢と誇り。だから、ぜーんぶに言ってあげたい“おかえりなさい。”って」”







嬉しかった。





自分でも信じられないぐらいの嬉しさが腹の底から込み上げ、喉の奥が震え、噛みしめる様に拳を強く握った。


今までの女の子の時に香水をつけていて、今エアリスと会う時につけていなかったのは、あの言葉、エアリスを信じ、自分の気持ち素直に真っ直ぐに教会へと遊びに来ていたため。



手抜きなんてものは微塵もない。




しかし、今でこそ、そうだが…






(昔の話とはいえ、ナンパ目的に持ってたなんて、やっぱりエアリスには知られたくないよな〜)



(まったく昔の自分に説教してやりたい。)

天井の穴を見ながら、ぼんやりとそんなことを思った。




そんなザックスを気にすることなく、クンクンと形の良い小さめの鼻でエアリスはザックスの胸元辺りの匂いを確認。


「ふふっ、うん。これもちゃんとザックスの匂い。」

「いい匂いだろ?俺の部屋とか家の中にある物とかもこんな匂いだな」



「全部、ザックスの匂い?」

「まぁ俺の物は大抵この匂いじゃないか?多分。」



「ザックスの、匂い…。」

何かを確認するようにゆっくりと呟く。




「香水、名前は?」

「なに、もしかして興味ある?」


「うん。」

「おぉ!?」


「ザックスの匂いだから、興味ある。」

「そーか そーか!」
(やっぱり、昔の俺を誉めてやりたいね。)

ここら辺の考えの切り替えが、ザックスが軽く見えたり、調子よく見える由縁だったりすることに昔も今も本人は自覚がない。



「じゃあさ、エアリスつけてみるか!?」

「良いの?」


「もっちろん!」


ザックスが片手で胸を叩き、もう片方の手でごそごそとポケットを漁り香水を取り出して見せる。


「持ち歩いてるの?」

「いや、片すのが面倒で使った後、ポケットに入れただけ」


蓋を開け香水の匂いが二人の鼻を掠め、いざつけよう。としたその時、いつものようにあの機械音が聞こえた。




≪ピリリリリ、ピリリリリ──…≫



「はぁ…。エアリスつけかた分かるか?」

「うん。何回か使ったことあるから。」


じゃあ、つけててよ。と香水を渡し、エアリスの言う“つけたことある”香水に興味を覚えつつ、急かすように鳴り続ける携帯を耳にあてる。


「はい?どなた?」

「どなた?ってお前な、着信画面ぐらい見ろよな?」

(‥この声は)

「なんだ、カンセルか」

「何だとは何だよ!?」

「俺忙しいんだけど、なんか用か?」

「忙しいって言ったって、どうせスラムでエアリスと遊んでるだけだろ?」


ただでさえエアリスとの会話を邪魔され少し苛立っていたのに、馴れ馴れしく“エアリス”と当たり前のように呼ぶカンセルにザックスはムッとした。

「別に、お前に関係ないだろ。って言うか何でカンセルまでエアリスって呼んでるんだよ!?」


「細かいこと気にすんなよな。」

「細かくない!」

「はいはい。それよりさ、帰りに買ってきてほしいもんあるんだけど」


聞けばカンセルの不足している生活用品の買い出しの連絡だった。


(こんなことのために邪魔されたのか…)

「あのな〜カンセル、俺、今デート中なんですけど?」

「だーかーら、帰りで良いって言ってるんだろ?」




「…覚えてたらな。」
(忘れよう。)


「お前、今、忘れようとか思わなかったか…?」

「あ。わりぃ電波悪くて聞こえないから切るわ。」

「あっ!おい!ザッ──」


(やれやれ…)


「お仕事?」

「いや、ただの間違い電話。」


乱暴に閉じた携帯をポケットに突っ込む。


「それよりどう?つけられた?」

「うん。」

どうかな?とエアリスが耳の後につけたのか、嗅いでみてとザックスの顔へと背伸びをして近づける。


近くなる顔と白く綺麗なうなじに少しドキドキしつつ匂いを嗅いでみると…




(──!)

「おかしいかな?」

「え!?いや、おかしいくない おかしくない。」

「本当!?」

エアリスは気に入ったのか自分でも、もう一度嗅いで匂いを楽しむ。



その間、ザックスは自分の心臓の鼓動の大きさを抑えようと必死だった。



(当たり前だけど、エアリスから俺の匂いがした。)

いつもエアリスからする花の香りのような甘い匂いを微かに残し、自分の匂いがエアリスから漂う。



それはまるで──…



(エアリスが俺のものになったみたいだ…)



そんなザックスの心中を知ってか知らずか


「なんか、ザックスがすごく近く、居てくれてるみたい。これなら、ザックスが仕事行ってても、寂しくない。」


(うわぁぁぁああ…)

ザックスは自分の意識とは裏腹に頬が緩み、顔を見る見る赤くさせたが、動く度に香る匂いと遊ぶように、その場で楽しそうにくるくると回っているエアリスには気がつけなかった。





「なぁエアリス。」

「なーに?」

「その香水やるよ。」

「良いの!?」

ピタリとエアリスが動きを止め、ザックスに詰め寄る。

「そのかわりさ、もう一度匂い嗅がせて?」

「うん。いーよ」


今度はザックスが自らエアリスの耳の後へと顔を近づけ、深く息を吸って肺いっぱいに溜めた──。


「…うん、いい匂いだ。」

「クスクス。ザックスの匂いだよ?」



「子供の頃よく言われたな…」

「?、なんて?」



「自分のものには、ちゃんと名前書けって。」


ザックスの意図が分からないエアリスは首をかしげたり、ザックスを覗いて見る。
その動く度にほのかに香る自分の匂いがザックスの心をいたずらに遊でいき、ため息混じりで静かに腕を組んだ。

それは自制の意味を込めて。

(こうでもしないと俺、抱きつくだけじゃ済まないな)



衝動に任せて抱きついた後の自分を抑える自信が無かった。




というか抑えられない自信があった。





「ふふっ、これからは毎日、つけようかな?この香水。」

「毎日?なんで?」

「そしたらね?」

「?、うん」



「いつか私も、ザックスと同じ匂いになれるかな?って」


「‥っ‥‥!」


(抑えろ。抑えろ、俺!嬉しそうなエアリスの笑顔を裏切りたくないだろ!?)




ニコリと笑うエアリスの笑顔が眩しい…。





「…蛇の生殺しだ。」

ぼそり。



「ん?なに?」

「大切にしてくるよな?」

「うん、大切にする。ありがとうザックス。」


「どういたしまして」

屈託のない笑顔で答えたザックスだったが内心は


色々と爆発しそうだった。





自制心を養わなくては。と考える反面、ザックスは満足そうに、そっと微笑む。




名前を書くより、確かな証

それは───







俺の匂いが、キミの匂い。





俺の独占欲を甘く、くすぐっていく。










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迷走中…。

2011 04 11


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