ハッピーエンドは訪れない
いきなりだが、少し昔の話をしようと思う。
小学四年生、10歳の頃。夏休みのうちの一週間を遠くに住む祖父の家で過ごすことになった我が家は、新幹線や電車を乗り継ぎさらにバスを利用してやっとその地に辿り着いた。
普段暮らしているようなビルや人がひしめきあっている都市とは全く違う、木や草が生い茂り、耳をすませば川の流れる音や虫や鳥の鳴き声が聴こえてくる。ここは本当に俺の住む街と同じ世界なのだろうか、と思ってしまうほど、そこは美しかった。
双子の兄やふたつ下の妹も同じようなことを考えていたらしく、妹に至っては「すごーい!」と叫びながら走り出してしまったので俺と兄は慌てて追いかけた。
祖父の家は今思うと田舎によくあるような日本家屋だったのだが、庭はおろか池まである家は当時の俺たちには豪華なお屋敷のように映った。
三人できゃいきゃいと探検をしたときはすごく楽しかった。全ての部屋にクーラーがないのは辛かったが、それだけだった。
二日も経つと家の中にいてもつまらなくなり俺と兄は朝から連れだって外で遊ぶようになった。
俺も兄も社交的な性格だったので、地元の子どもたちともすぐに仲良くなれた。川で頭まで水びだしになって遊ぶのが俺のお気に入りだった。
***
「山に行かないか?」
兄さんがそんなことを言い出したのは、ここに来て六日目、つまり明日にはこの村ともおさらばするという日だった。
何でも、その山にはこの村の土地神が眠っていて、短期間だとしてもここに住んでいたのだから挨拶をしたほうがいい、かもしれない。と一緒に遊んでいた子に言われたのだそうだ。
「じゃあ父さんや母さん、エイミーも一緒に行く方がいいんじゃない?」
「必要ない、ってさ」
つまらなさそうな顔をして言葉を返してくる。そんな表情をする兄さんを珍しく思い少し笑いそうになったけどどうにかこらえた。睨まれるのは確実だからだ。
「いいじゃん、楽しそう。行こうぜ」
こらえたもののこのままじゃ絶対笑ってしまう、と危惧した俺はとりあえず兄さんに同意した。
兄さんは一瞬ぽかんとした後「そうこなくっちゃな!」と笑った。
その山は思ったよりも小さくて、俺たちでも夕暮れまでには麓まで降りられそうな山だった。
「思ったより歩きやすいな」
「うん…誰かが舗装してるのかな」
もっと険しい、それこそ獣道のようなものを想像していた俺たちにとって狭いとはいえ綺麗に均された道はありがたいものだった。
だから、こんな小さな山が綺麗に、人が歩く為に舗装されている理由なんて全く考えなかったのだ。
「そろそろ頂上かな〜…あれ」
「?どうしたの兄さん」
しばらく歩き続けもうそろそろ山頂に着くころだろう、というときに兄さんが何かに気付いたようだった。
俺からは兄さんが壁になって向こうに何があるかまで見ることが出来ないので兄さんに尋ねた。
兄さんはしばらく黙った後、こちらを振り返る。そのときに少し路傍に寄ったために俺にも向こうの景色が見えるようになった。
「土地神って、本当にいるのかもしれないな」
そこには、傍目から見ても立派だとわかるくらいに大きな神社が建っていた。
「こんな神社があるんだったら道が綺麗になってて当たり前だよな〜」
「でもこんなにでかいと麓から屋根くらい見えそうなもんだけどなあ」
そんなことを話しながら二人で神社へ近づく。ちなみに社の前にはしっかりと鳥居が立っていたのでその鳥居に近づいている形になる。
麓から見た印象とは全く違う。外から見たときは山頂はこんなに広かっただろうか…?
それに、土地神というのだからそれなりに昔からあるだろうに、その神社は昨日建ったばかりかのように綺麗だった。
いよいよ不安になってきて、兄さんにもう帰ろうと打診しようと顔を上げると、目の前いっぱいに鳥居の柱の赤が広がった。あれ、いつの間にか兄さんを追い越していたのだろうか?
「兄さん?」
振り返ると、そこには兄さんの姿はなく、ただ何もない地面が広がっていた。
「え、あれ、に、兄さん…?」
何が起こったのか全く理解ができなかった。
いつの間にか前に居たはずの兄さんが消えていて、振り返ると均された道や生い茂った木々も広い空間に変わっていて。
目の前にある神社だけが変わらずその存在を主張していた。
「……っ」
おかしい、おかしい!なんだこれは!
パニックになった頭は全く働いてくれていない。とりあえず理解したのは、ここは現実にある世界じゃないということだけだ。そうでなければ、この不思議な空間は何だというのか。
これからどうしたらいい、どうする、どうやったら戻れる?そんなことをぐるぐると考えているだけで打開案は一向に出てこない。
じわ、と瞳が涙の膜に覆われた瞬間、じゃり、と地面を踏む音がした。
ハッ、と音がした方、鳥居の向こうへと顔を向けると、そこには胡乱げな目をした男が立っていた。
濃緑が混じった黒髪。前髪で左目は隠され襟足が首のラインに沿ってはねている。
白い神主が着るような衣装を身に纏った男の年齢はおそらく20歳前後くらいだろうか。
「こんなところで何してんだ、お前」
それが俺とハレルヤの出会いだった。
続く