敵わない


鬱陶しい梅雨も終わり、代わりにと言わんばかりにうだるような暑さが運ばれてきた。だが今の俺には関係のないことだ。
クーラーの備え付けられていない蒸し風呂のような教室からもおさらばした夏休み初日、俺はクーラーをこれでもかと効かせた自室で昼寝をしていた。
思う存分惰眠を貪り、そろそろ起きるかと思いつつ寝返りをした瞬間、腕に何かやわらかいものが当たった。
ベッドに何か置いてたっけかと思いながら薄くまぶたを開くと、

「……ハァッ!?」

そこで一気に覚醒した。
当たり前だ、だってそこにいたのは。

「んだよ…うるせえな…」

幼馴染であり俺の想い人であるハレルヤだったのだから。




俺、ライル・ディランディの家とハレルヤ・ハプティズムの家は昔から隣同士に建っており、男女の違いがあるとはいえ同じ双子である俺たちは小さな頃からずっと一緒に遊んでいた。
その関係は今も変わっておらず、お互いの家を軽く行き来するような仲だ。
とは言っても俺の兄、ニールとハレルヤの姉のアレルヤが付き合い始めてからは少し様変わりしてしまったのだが、まあ恋人同士の逢瀬を邪魔するほど野暮ではない。それに二人が付き

合い始めてからも四人で遊ぶときもあるから言うほど状態は変わらないというのが現実だ。
そして小学校はおろか幼稚園から今の高校に至るまでずっと同じ学校だった俺たちは、今では学校内のほとんどの生徒や教師に名物として知られている。そして兄さんとアレルヤが恋人

同士だから自然とハレルヤと行動を共にする俺に女子たちは「ハレルヤさんと付き合ってるのは分かってるんだけど」と前置きをした上で告白してくるのだ。
告白されるのはとても嬉しい。まあお断りをするしかないのだが俺を好いてくれているということ自体が嬉しいものだ。
だがその前置きはいかがなものだろうか。びっくりするほどみんなそう言って告白してくるのだ。テンプレートでもあるのかと思ってしまう。それに残念ながら俺とハレルヤは付き合っ

ていない、残念ながら!
俺だって君たちの言う通りハレルヤと付き合いたいさ!だがハレルヤ・ハプティズムという人間は他人類が驚愕するほどの鈍さを装備しているのだ。そんなあいつに告白したところでス

ルーされるのがオチというものだ。
まああと単純に俺に勇気がないのだ。スルーされたら超がつくほど落ち込むし、断られでもしたら…そこは考えたくない。
俺に告白してくる女の子たちはすごいな。彼女がいる(と思い込んでいるだけだが)男にそれでもと愛を伝えてくるのだ。その勇気を分けてほしい。

…話が逸れたな。
現実逃避していた、というほうが正しいか。
今俺がすべきことは俺たちの紹介でもましてや俺の恋愛遍歴でもない。

勝手に部屋に入り込んできて俺の隣りでまたすやすやと夢の中へ誘われているこの危機感のかけらもない幼馴染をどうにかすることだ。




部屋に入ってくるのはいい。別に今までもよくあったことだ。
その部屋の主が寝ているのに居座るのもまあいい。起きたら部屋に全員集合していたなんてこともある。何故俺の部屋でゲームをしていたのかは知らないが。
だが俺が寝ている隣で一緒におやすみするのはいかがなものだろうか!いくら幼馴染と言っても俺は男でハレルヤは女の子だ。そこんとこちゃんと理解しているのだろうか、こいつは。
ちらり、と隣りをのぞき見る。すやすやと眠るハレルヤの表情はあどけない。
しかも暑いからかTシャツにショートパンツというなんとも防御力の低い衣服を身に纏っている。裾から伸びる健康的な太股が眩しい。っていうか、Tシャツがめくれて、その、腹が、腹

が見えてる!
なんともご褒美的な絵面なのだが…なんだかイライラしてきた。なんでこいつこんなに無防備なの!?襲うぞ!
そこまで衝動的に考えてからハッと我に返った。ダメだダメだ。そんなことをしたら色んなものを失うことになる。
…とりあえず、この腹が立つほど気持ちよさそうに眠る想い人の目を覚まさせるため、ゆっくりとその体を転がしてベッドから落とした。




ぐえっと女らしさの欠片もない声をあげたハレルヤは初めこそ掴みかからんとする勢いで怒鳴ってくれたが、俺が神妙な顔つきで「ちょっと座ろうか」と言うと異変を感じ取ったのか素

直にフローリングに腰を下ろした。のだが。

「胡坐はねーわ…」
「あ?なんて?」

ぼそっと呟いた言葉はハレルヤの耳には届かなかったようで、彼女は首を傾げた。
その動作はすごくかわいい。かわいいのだが、足は男らしく胡坐だ。ショートパンツだからまだ、百歩譲って、いいとしても、スカートだったらアウトだ。こいつは自分が女の子だとい

う自覚があるのだろうか。
まあハレルヤが制服以外でスカートを履いているところなんて見たこと無いのだが。

「で、何なんだよ?」

ハレルヤがじっとこっちを見てくる。ちなみに俺はベッドに腰掛けているので床に座っているハレルヤは自然とこちらを見上げる形になる。
所謂、上目遣いというやつだ。
うん、たまりませんね。

「おい」
「ん?ああごめん、でさ、まあ、なんというか〜」

ドスの効いた声で現実へと戻る。危ねえ、もうちょっと遅かったら確実に拳が飛んできてたな。
言葉を濁しながらハレルヤの方をちらと見ると、ハレルヤは怒りと困惑が混ざったような表情をしていた。そりゃあいきなり座らされたらそうなるか。そろそろ本題に入ろう。

「お前な、もうちょっと危機感ってやつを持った方がいいぞ」
「はあ?なんだそれ?」

全く意味がわからない、という顔をするハレルヤ。まじでか。

「だからさあ、昔からの付き合いとはいえ女の子が一人で男の部屋にホイホイ来るんじゃありませんってことだ」
「そんなのずっとそうじゃねえか」
「そうだけど!俺たちもう高校生だし?俺だって健全な男の子なわけでさ。まあ、だからさ…」
「なんだよ?はっきり言えって」

ハレルヤがイラついているのを感じる。イラつきたいのはこっちだ、と内心で思いながら、ハレルヤのご所望通りはっきりと言うことにした。
右手でハレルヤの左手首をガッと掴む。いきなりの行動にさすがのハレルヤも驚いたらしく目を見開きびくっと体を竦ませた。
そのまま腕を引っ張ると驚いた表情のままのハレルヤの顔が間近に迫る。

「そんな無防備にしてて俺に襲われても知らないよって言ってんの」

真顔で呟くとハレルヤは一層目を見開いた。
よし、さすがにここまですればわかるだろう。今までみたいにくっついたりすることは出来なくなるだろうけど、本当に襲ってしまうよりはましだ。
それもこれもハレルヤの距離感がおかしいのが悪いんだ。俺は悪くない。うん。
そう自分に言い聞かせていると、いつのまにか俯いていたハレルヤが少し震えているのに気付いた。
えっ、もしかして泣かせてしまった?のか?マジで?
どうしようと内心慌てていると、ハレルヤから「ぐっ」という声が聞こえた。ん?

「くっ…ふ、ははっ!どうしたんだよライル!そんなわけないだろー!」
「は?」

いきなり笑い出したハレルヤにぽかんとしてしまう。もしかして泣いてたんじゃなくて、笑ってた?は?何で?
訳がわからない俺の肩を空いている方の手でばしばしと叩きながら笑っている、痛い、ちょっとマジで痛い。

「ライルが?俺を?襲うって…くくっおもしれー冗談だな!」
「え?」

もしかしてこいつ、俺が冗談言ってると思ってんのか!?あそこまでしたのに!?
何なんだこいつ…。馬鹿か…馬鹿なのか…。
ぐったりと項垂れる俺の肩を笑いながらばんばんと叩き続けているハレルヤ。ほんと何なのこいつ。

「まあそんなに落ち込むなって。演技はまあまあよかったぜ!」

顔を上げると、ハレルヤが太陽のような笑みをこちらに向けていた。いつもならああかわいいなあと思うようなその笑みも今は苛立ちを煽る要素になる。
ハレルヤ。お前は油断しすぎだ。男は狼なんだということを少しは知らしめなければならない。
俺も完全に躍起になっていたのだろう。まだばしばしと叩いてくるハレルヤの腕を払いそのまま二の腕辺りを掴む。細い!じゃなくて!
こうなったら自棄だ!と元々近かった距離を引き寄せそのままの勢いでハレルヤの唇に俺のそれを落とした。

「ん、ぐっ!?」

直ぐに身体ごと離して立ち上がると流石に反応が追い付いていないのか、ぽかんとこちらを見上げるハレルヤと目が合った。

「やっと分かったか?」

声を掛けるもまだ呆然と見上げたままのハレルヤに「分かったらもうちょっと危機感持てよ」とだけ言い残して部屋を出るため扉へ向かう。流石に居た堪れない。
あーあ、これで俺の恋も終わったかなあと落ち込みながら扉を開ける。まあこれでハレルヤもちょっとは分かってくれるといい。
そんなことを思いながら部屋を出ようとすると、

「俺は別にお前になら何されてもいいんだけどな」
「は、」

そんな声が後ろから聞こえてきて勢いよく振り向く。そこにはまた胡坐をかいて床に座るハレルヤがいた。
先程と違うのはこちらを見上げながらニヤリと笑みを見せたことだ。

「お、っまえ…!」
「おやおや、顔が真っ赤ですよ?ライルさん」
「お前、おまえな、ほんと、どうなっても知らないからな…!」

顔を赤くしながら言っても何の効果もないのか、ハレルヤはあの太陽のような笑みを向けるだけだ。ああ、かわいいな。

どうあがいてもこいつには敵わないのだろうな、なんて思いながら俺は部屋に戻り扉を閉めた。


end.







久しぶりのライハレ!がにょハレという!
ハレルヤがライルの部屋に入り込んでいた理由は部屋のクーラーが壊れたからとかそんな感じだったのですが入れ忘れました。









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