偶然じゃなくて、(後編)
「いやーでも驚いたぜ。友達がバイトしてるからって言って見せられたのが俺の仕事先なんだもんなー。運命かと思ったぜ」
そう早口でまくしたてながらライルは俺の手を引いて店に入る。そういう俺はというと。
「いやいやちょっと待てって。俺入らないからさ。帰る。そう、帰るから」
「なんで。ここに来たかったんだろ?」
「ホストクラブだってわかってたら来てねえよ!」
踏ん張る、引っ張る、押し問答。入り口でこんなことをやっていたら嫌でも目立つわけで、通りからはクスクスと笑い声が聞こえてきた。
こんなところで何やってんだろう、俺。ホストクラブの入り口でホストと押し問答する高校生なんてそうはいないだろう。
「おい、ちょっと、俺恥ずかしいから!恥ずかしいから早く入れ!」
ライルも気付いたのか焦って一層強い力で引っ張り出す。
「だったらっ、放せばっ、いいだろ!」
「おまっ、…ああもう!」
呆れた、という表情をしたかと思ったら急に視界が二転三転する。何が起こったかわからなかった俺は「うおっ」と情けない声を出しながら空いている手を伸ばした。
何かを掴んだと同時に視界が安定する。そこで見たのは、
「大丈夫か?」
ふわりと揺れる茶髪。海のように鮮やかな青の瞳。が、正に目と鼻の先に存在していた。
「っぎゃああ、んむ、」
「おいおい、あんまりでかい声出しなさんな」
あまりにも驚いた俺が悲鳴を上げると、焦ったかのように、でもどこか余裕を持ってライルは手で俺の口を塞いだ。
「静かにお願いしますよ?お客様」
俺の口を塞いでいない手の人差し指を立て口へ添え、挑戦的な笑みを向けてきた。
「きもい」
「ひどいなー」
解放された瞬間そう言うと、今度は自然な表情で笑った。
「で、ミハエルはどこだよ」
開店したばかりのホストクラブは人もまばらで、それでもちらほらと客の姿が見えた。
「あーなんかヘルプ入ってるらしくってさ。ちょっと待ってくれるか?」
変わりに俺が相手するからさ、と言いながら半ば強引に席に座らされた。
「ジュースでいいよな?ちょっと待ってろ」
「ん…おう」
俺の返事を聞いているのかわからない速さでライルは奥へ引っ込んでしまった。
というかこういうところってその場でオーダーするんじゃないのか?客待たせて行っていいのか?…いや、その前に俺って客なのか?
ライルは執拗に「お客様」って言ってたけど…客扱いされる方が、やばくないか?
だっていくら飲み食いしなくったって、その、ホストといるだけで結構な料金がかかるんじゃないのか?
しかもあいつ、ナンバー1って…。
「…っ!」
やばい。やばいって。俺、金持ってねえよ。ホストクラブって結構、こう、ドラマとかでは暴力とか、あったりするし。
さあっと血の気が引く音がした。
急いで財布の中身を確認する。839円。普通にもっと持っておけよ俺。
「どうしたんだ、ハレルヤ」
ライルが帰ってきてしまった。どうしよう。今で一体いくら払わなければいけないんだろう。
というかこいつが無理やり連れてきたんじゃないか。それで金払えはない…よな?
「なんかあったか?」
1人で考え込んでいたからライルをそっちのけにしてしまっていた。忘れてたライルのこと。
見ると、心配半分不機嫌半分といったような表情をしていた。
「あー…いや、別に」
「別にってこたねえだろ」
聞いたほうがいいんだろうか。というより、いいよな。早い方が。
「…なあ」
「ん?」
ライルは俺が話す気になったことに気付いてか少し機嫌が良くなったように見えた。
「ここってさ、金は…」
そこでライルは俺の言いたいことに気付いたらしい。にかっと笑って「俺の奢りだ」と言い放った。
「俺が無理やり連れ込んだんだし。それに学生から金取る気はねえよ」
『お客様』は別だけどな。と付け足された。じゃあ『お客様』じゃないなら俺は何なんだろう。さっきまでは何回も『お客様』と言っていたのに。
「ハレルヤは、特別」
俺の考えていることに気付いたらしく、そうにこりと笑いながら言い放った。
言われてもよくわからなかったけど。特別ってなんだ。
「…そういうのは『お客様』に言ったらどうだ?」
そう返すと、ライルはははっと笑って「そうだな」と答えた。
席ではまた取りとめのない話をしていた。
ライルの学生時代の話、ホストになってからの話。ライルは本当に楽しそうに話していた。
俺も自然と自分のことを話していた。まあ、話せることなんて学校でなにしてるかってことくらいだけどよ。
いつのまにか会話は弾んでいて、今日会ったばかりだと言うのに完全に打ち解けていた。
本来の目的も忘れて話し込んでいたのだから相当なものなのだろう。
「あっれー?なんでハレルヤいんの?」
本当にもう、この能天気な声を聞くまで忘れてたんだから相当だよな。
「…ミハエル!お前、遅いんだよ!」
間があったのはなんでこいつがここにいるか考えていたからだ。
「えっ!?俺今来たばっかりなのに!?」
「は?」
「え?」
しばらくの間があってから俺はライルの方を勢いよく見る。ライルは何も言わず笑むだけだ。
「おいコラ」
「ん?」
「嘘吐きやがったなテメェ」
「何が?」
殴りかかりそうだったけど我慢した。顔はだめだ、顔は…。というか殴るのはだめだこんなところで。
「お前ミハエルはヘルプに入ってるって言ったじゃねえか!」
するとライルは「あぁ」とか言いながら笑いやがった。殴りてえ。
「まあいいじゃねえか。楽しかったろ?」
「そういう問題じゃねー!」
俺は頭を抱えた。なんなんだ、どうやったらこいつと会話できるんだ。誰か教えてくれ。
「それで、ミハエルはどうしたんだ?俺に何か用だったんじゃないのか?」
もう頭を切り替えたのかミハエルにそう訪ねるライル。なんかすっげえ腹立つ。こりゃさっさと帰らないといつか殴っちまうな。
「あ、はい。ライルさんに指名入ったんで呼んでこいって言われて」
「ああ、断っといて」
「え?」
「は?」
当たり前のように放たれた言葉に俺とミハエルは硬直した。
「いやでも、いつもの方なんで流石に…」
「えーでも、今俺はハレルヤといるわけだし」
ライルはそう言いながら俺の肩に腕を回してきた。驚いて体が竦む。
「っ、てめえ勤務中だろ。仕事しろ仕事」
手で払うような仕草をすると、ライルは少し不満そうな表情を見せたが「しょうがねえなあ」と言いながら立ち上がった。
「俺が帰ってくるまでここにいろよ!」
「なんでだよ」
「なんでも!じゃあミハエル、ここ頼むな!」
そう言ってライルは小走りで他の席へ向かっていった。え、俺帰っちゃだめなのか?
ぽかんとしながらライルが去っていった方向を見ていると、隣に誰かが座った。というかミハエルが座った。
「いやーまさか本当に来てくれるとはなあ」
能天気に言うミハエルに沸々と怒りが募っていく。そもそもてめえのせいで俺はこんなことになってるんだろうが。
その意味を込めて睨んでも「悪かったってー」と言ってへらへら笑うだけだった。ああ腹が立つ。
「それにしてもハレルヤがライルさんと一緒にいた時はびっくりしたって!」
「知らねえよそんなこと。あのヤローが勝手に引っ張ってきやがったんだから」
そう言って立ち上がり出口に向かう。
もう帰ろう。ここであいつを待つ必要なんて無い。
「あれ?帰んの?」
「ああ」
「ライルさんが待ってろって言ってたけど」
「知るか。あいつに言われたことを守る理由がねえ」
追いかけているのか送っているのかわからないけど出入り口まで着いてきたミハエルに俺は最後に「じゃあな」とだけ言い残してドアを開けた。
翌日、俺はいつも通り学校へ行き、いつも通り不真面目に授業を受け、いつも通り友達と話していた。
ただ1つ、いつも通りじゃなかったのは。
「なんだ、騒がしいな」
放課後教室で友達と話していた俺は、友達のその声でやっと気付いた。窓際に女子が殺到している。
「なんだ?芸能人でもいんのか?」
とりあえず、近くにいたクリスに尋ねると、
「すっごいかっこいい人がいるの!芸能人並!」
「へー」
「校門でだれか待ってるみたいなんだよねえ。彼女かなあ」
そのときはまさか俺が関係しているとは思わなかった。
適当に喋ったあと帰る流れになって外に出ると、思っていたよりすごい光景が広がっていた。
「うおっ…」
校門には女子が群がっていて、中心にはその女子達より頭ひとつ分程度飛び出ている人が、って、あれって。
そいつは俺の方向を見ると、ぱっと顔を明るくして手を振ってきた。
「ハレルヤー!」
しかも俺の名前を大声で叫ぶというオプション付き。ふざっけんなよあいつ。
友人達もなんだなんだという風に俺とあいつを繰り返し見つめている。
逃げたくても校門はあっちだから逃げるに逃げられないし、女子達も驚いたようにこっちを見ている。
どうしようかと考えているうちにライルが女子の群れから脱出してこっちに歩み寄ってきた。
「昨日なんで帰ったんだよ」
「なんでって、帰らねえなんて言わなかっただろ」
「えー…」
「う、わっ」
ライルはむすっとした表情で俺の手を取って引っ張り出した。
「っなんだよ!なにすんだ!」
「今日俺休みなんだ」
「はぁ?」
「だから今日は、逃がさないから」
振り返って挑戦的な視線をこちらに寄越す。
「は、は?」
「俺さあ、ハレルヤのことさ」
好きになったみたいなんだよね。
「逃がさないから」
あまりに衝撃的な告白に俺はただあっけにとられるしかなかった。
昨日のあのときから、俺の運命は変わっていたことを俺は今日知ることになった。
end.
半端に終わってしまってすみません…
結構前に書きかけだったものの続きなので最初どうやって終わらせるつもりだったのか全く覚えてなくて困りました^^
これの続きも書けたらいいなあと思ってます!