偶然じゃなくて、(前編)

いつもつるんでいるミハエルの付き合いが異常に悪くなってから2週間。
久しぶりにミハエルから送られてきたメールには1つの画像と共に「ここでバイトしてるから遊びに来い」といった文面。本当はもっとアホっぽかったけど。
付き合いの悪い理由はこれか、とひとつため息を吐いて、しかしやはり暇なので送られた地図の印に向かうため家路から大きく外れ歩き出した。






歩き出してどれくらい経っただろうか。とりあえずもう地図の印には着いていてもおかしくないくらいだと思うのだが。
はっきり言わせてもらうと、迷った。
地元で迷うなんて恥ずかしいと思うかもしれないがしょうがない。来た事のない路地に入ったら迷うことだってあるさ。
しかも問題はそれだけじゃない。
入ったことのない路地。その、入ったことのない、理由だ。
周りには扇情的な衣服を身に纏った女やスーツをひどく着崩した男、所謂ホストやホステスばかりだった。
そりゃあ学校では不良と言われていても、基本的に健全な男子高校生には用のない場所だ。
あ、やばい帰りたい。学校帰りだから制服だし、最近視力が落ちてるから眼鏡だし。高校生にしてもださいんじゃないだろうか、今の格好は。
とりあえずここまで来たんだ。早くこの辺りを抜けてしまおうと思いもう1度携帯に目をやる。歩き出す。瞬間。

「何してんの?こんなところで」

後ろから声がした。若い男の声。まあ俺にじゃないだろうとそのまま歩を緩めることはなかったのだが。

「えっ、ちょ、無視?何か困ってるんじゃないの?」

先ほどの声がもう1度聞こえた。と同時に肩をがしりと掴まれる。
さすがにここまでされれば俺に言っているのだということはわかった。しょうがなく振り返ると、見たことのない男がにこりと笑って立っていた。






緩くウェーブのかかったミルクティーを髣髴させる茶髪。どこで売っているのかわからない濃緑色のシャツを胸まで開け、黒いスーツをルーズに着こなしているその男は、どこからどう見てもホストだった。

「なんですか」

あまり関わりたくないと思って軽く睨みながら言葉を紡ぐ。

「んー、なんか困ってるみたいだからさ。俺でよければ力になるけど?」

暗に拒絶をしたというのに、その男は全く意に介さないといった様子で返してきた。

「別に、何も困ってないんで」

そのまま肩の手を振り解いて行こうとしたのに、予想外に力強く掴まれていて逃げられない。さっきよりも強く睨んでも、そいつはへらへらと笑い続けたままだ。

「…なんですか」
「嘘はいけないな。さっきから難しい顔で携帯見て、うろうろして。道に迷ってるの丸わかりだぜ?」

ぐ、と言葉に詰まるとそいつは一層笑顔を見せた。

「ほらほら、お兄さんに任せなさいって」
「あ、おいっ」

そいつはそう言うと、手に持ったままだった俺の携帯をひょいと取り上げた。なんなんだこいつは。

「返せよっ」
「いいじゃんいいじゃん」
「よくねえっ死ねっ」
「口悪いなー」

けらけらと笑いながら携帯を取り返そうとする俺をひょいと軽々しく避ける。くそ、むかつく。

「どうせ自分で見てもわかんねえんだからさ、よく知ってる奴に聞くのが1番だろ?」

それはそうだ。でも。

「じゃあお前以外の奴に聞くから返せっ」
「変な奴に声かけたら危ないだろ?俺に任せとけって」

こいつが言ってることは合ってる。それはわかる。
こんな危ないところで他に聞ける奴なんて滅多にいない。
でもこいつの言うとおりにするのも癪に障るんだ。だから抵抗していたのだが。
なんか、アホくさくなってきた。なんで俺こんなに必死になってるんだろう。わけがわからない。
俺が抵抗するのをやめると、そいつは満足そうに「最初からそうしてろって」と言いながら頭を軽く叩いてきた。
だから俺は「ガキ扱いすんな!」とローキックしてやった。






そいつはしばらくその地図を見ていたのだが、少し驚いたような表情を見せた。

「なんだよ」
「え?あ、いや、なんでもない。えっと、君はここに何しに行くの?」

なんでそんなしどろもどろなんだ。

「別に…友達がそこでバイトやってるって言うから」
「ふうん…」

そいつはしばらく考え込むような仕草をみせたあと、再び笑みを見せてこう告げた。

「いいよ。連れて行ってあげる」






目的地へ歩いてる最中そいつはずっと話し続けていた。
話によるとこいつはライルというらしい。中堅ホストクラブのナンバー1なんだとか。
まあ、この顔とか軽さとかを見ていればナンバー1なのだということも頷ける。どうでもよかったけど。
ただライルが自分のことを話したのはそれだけで、あとはいろいろ質問してきたり小さなことを褒めてきたりされた。
「名前は?」と聞かれて答えたら「いい名前だな」って言われたり、まあそんな感じだ。
あとは「眼鏡似合うね」とか「綺麗な顔だ」とか。
女が言われれば喜ぶのかもしれないけど男が男に言われても何も嬉しくなんかない。というか気持ち悪い。本当に気持ち悪い。
目的地は近かったらしく、5分も歩けば着いた。のだが。

「……おい、ここって…」

ライルはにこにこと笑う。

「間違ってはないぜ?」

そして、俺の手を取って優雅な所作を見せこう告げた。

「ようこそ、ホストクラブ『トレミー』へ。お客様」










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