兄への小さな反抗


「バイトしてえ」

ほぼ無意識に口をついた言葉。
これがあんなことになるなんて、このときの俺には想像もできなかった。






「え?なんで?」

そう聞いてきたのはミハエル。そりゃあそうだ。ここは教室で、今は昼休みで、前にいるのはミハエルだから。

「生活厳しいのか?」
「いや、そういうことじゃねえ」
「じゃあなんでだよ」
「んー別に、理由はないな」
「なんだそりゃ」

本当に特に理由はなく、ただ単にやりたいからと、金はあるに越したことはないからだ。
そんな理由で、コンビニに置いてあったフリーのバイト情報誌を貰ってきてぺらぺらとページを捲っている。
特にやりたいものもないし、別段目を引かれるものもない。ふう、とひとつため息を吐いて本を閉じた。

「あーなんかねえかなあ」
「でもさ、兄貴たちが許してくれないんじゃなかったっけ?」
「う…」

その通りなのだ。俺が今までずっとバイトをしていない理由は。
俺たちがバイトをして稼ぐから、お前達はティエリアと刹那を頼む。
ようやっと俺たちが兄弟として纏まった頃、俺とアレルヤは兄貴たちにそう言われた。
それからと言うものの、俺が少しでもバイトをしたいと仄めかせればきつく禁じるのだ。
結局今まで1回もバイトをしたことはない。あの2人は頑固親父かと。

「お、こことかどうよ」
「あ?…ってホストクラブかよ。ダメに決まってんだろ」

まずホストクラブって高校生は雇わないだろ。

「えー…あ、じゃあさ、俺の兄貴のバイト先は?人手足りてないらしいんだよ」
「お前の兄貴?どこでバイトしてるんだよ」
「えーとなあ、喫茶店」

曖昧すぎてわからねえよ。

「どう?」
「うーん…まあ、とりあえず考えとくわ」






家に帰ってからも俺は決められずにいた。
バイトはしたい。社会経験にもなるし、何より金が貰える。
でも、その金で何かしたいと言うわけではない。
目的もないのにバイトが続けられるとは思わない。
金が欲しい、働く目的ができたらなあ…。

「ん、」

リビングのソファで悶々としていると、隣に刹那が腰掛けてきた。手には何かの本を持っている。

「何の本だ?それ」
「ガンダムだ」
「あー」

よく見てみるとプラモデルの本だった。相変わらずガンダムが好きなんだな、こいつは。
刹那は他のプラモデルには目もくれず、あるページを穴が開くほど見ていた。ああ、今度はそれか。

「それ、欲しいのか?」
「……」

じいっとページから視線は逸らさずにこくりと頷いた。
でもやがて静かにページを閉じて横に置く。その表情は少し暗い。
うちの家は決して貧乏な暮らしをしているわけではない、が。贅沢な暮らしをできるわけでもない。
簡潔に言えば、各自の趣味に充てる金はない、ということだ。それは末の弟である刹那も例外ではない。
たまに、誕生日やクリスマスといったイベントの時だけは贅沢をさせてもらえる。それは刹那もわかっているのだろう。今は買ってもらえないということは。
しょうがない、これは、しょうがないこと。だけどこうも落ち込んでいる姿を見ると買ってやりたくもなる。
でも買ってやる金なんてない。なら、稼げばいいのではないか。
それに、家に金を入れれば2人も納得してくれるのではないか。
一度そう思うとそれでいけるんじゃないかと思い込んでしまうものだ。
今の俺もまさにそれだった。






翌日、ミハエルに頼んで俺はミハエルの兄貴がバイトをしている喫茶店へ来ていた。
面接は一応あったがほとんど形だけのもので、履歴書をざっと見て「じゃあ明日から来てください」だった。それでいいのか。
仕事は基本的にはホールスタッフらしく、俺にできるかどうかわからないけど、こうなったらやってみるしかない。
とりあえずマニュアルと制服を貰って今日は帰ることになった。
店長は適当な人なのかと思ったけど、家の事情を話すと「無理しなくていい」「できるときに入ればいい」と言ってもらえた。そう言ってもらえるのが一番ありがたかった。
適当にマニュアルと制服を鞄に突っ込み店を出ようとした時、肩に誰かの手が乗った。いきなりのことに少しびくつく。
恐る恐る後ろを向くと、知らない奴が立っていた。褐色の肌、整った顔、俺よりもずっと高い身長。男の自分でも見とれてしまうような、ニールやライルとはまた違ったタイプの格好よさを持っていた。
ぽかんとしていると、そいつは「ああ、ごめん」と言って手を肩からどけた。そして、驚愕の事実を口にした。

「ハレルヤ君だよね?ミハエルの兄のヨハン・トリニティです。これからよろしく」
「へっ?」

こいつがミハエルの兄貴?っていうか、

「似てねえ…」

つい出てしまった言葉にはっとするも時既に遅し。向こうは驚いたような顔で俺を見ていた。

「え、あ、ごめんなさい」

流石に失礼だよなそんなこと言ったら。どうしよう嫌われたりしたら。これから一緒に働くのに。
ぐるぐるとそんなことが頭を廻る。すると、いきなりミハエルの兄貴が笑い出した。え?なんで?

「いや、すまない…面白いな、君」

ミハエルから聞いていた通りだ。そう続けて言われた。あいつ何言ってんだ。明日シめる。

「君よりは先輩だから、わからないことがあればなんでも聞くといい」

はい、と言おうとする前に、それと、と言われ、俺は半分開けた口を閉じた。

「ミハエルとこれからも仲良くしてやってくれ」

俺は自信たっぷりに「もちろんです」と答えた。






それからは大変だった。
原則バイト禁止の学校にも、もちろん家にも隠しつつバイトに行くのは至難だったけど、ミハエルがフォローしてくれたのでなんとか通うことが出来た。
制服は家で洗濯しなければならなかったけど、そこは自分が担当なので難しくはなかった。
バイトは思ったより忙しく、最初こそ大変だったけれど、慣れればなんとでもなった。
このまま順調にいけばいいと思った。
いくはずだった。






バイトを始めて1ヶ月を過ぎたある日。今日はバイトの日だったから学校が終わってそのまま店へ向かった。

「おはようございまーす」
「おはよう、ハレルヤ君」

入ると、もうヨハンさんが入っていた。そしていつも通り少し世間話をする。
そんないつものなんてことない1日になるはずだったのに。
次にヨハンさんから出てきた言葉で俺の余裕はがらがらと崩れた。

「そういえば今日友達に君の話をしたんだ。いい新人が入ったってね」
「え、いや、とんでもないです」
「向こうも羨ましがっていてね。でも名前を出した途端に顔が強張ったから何かと思ったけど」
「へえ…?」

なんか嫌な予感がする。こういうときの予感は当たるんだ、嫌なことに。

「そのまま講義室を出て行ってしまったから結局わからなかったんだけど、ハレルヤ君、」

続きを聞きたくない。だって、これって、もしかして、

「ニール・ディランディって知ってるかな?」

こういうときの予感こそ、当たるんだ、俺は。


next...







長いので一旦切ります。
ヨハン兄の口調が全然わからないです…^^








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