涙雨


ずっ、ずっ、と何かを引き摺るような音だけが耳を支配する。
それを生み出しているのは自分の足。
ここは戦場。
周りには自軍も敵軍も入り乱れていて、だがそれらが動くことはない。
そんな顔も名前も知らない敵たちの、味方たちの屍を越えて、蹴って、踏んで、俺は歩いている。
背中に負ぶっている仲間を、地面に伏している奴らの仲間にさせないために。
俺は歩いている。






「…おおい、生きてるか」

負ぶっている相手に問うが、返事はない。
少し不安になるけれど、肩にかかる弱弱しい息が、まだ生きていることを示している。
大丈夫。大丈夫だ。帰るんだ。俺たちは。一緒に。

「ニ、ール」

つい先ほどまで元気に話していた声はとても弱弱しく、何故か久しぶりに聞いたような感覚に陥った。

「どうした?ハレルヤ」

できるだけ明るく返事をする。ハレルヤを不安にさせたくないから。

「怪我」
「え?」
「怪我、してる、だろ。おまえ」

ああ、ばれてたのか。暗に降ろせとでも言ってるんだろうが、そういうわけにもいかない。

「ハレルヤよりは、全然マシだって」
「降ろせ」

今度は直球で言ってきたそれは、弱弱しいながらも反論を許さない声色をしていた。






「いやだ」
「…は?てめえ、ふざけてんのか」
「ふざけてなんかねえよ」
「じゃあ、頭でも、打ったか」

話していたせいで呼吸が少し不安定になっている。少しまずいかもしれない。

「もう、しゃべるな。ハレルヤ」
「俺を降ろしたら、黙ってやるよ」

俺が黙ると、ハレルヤも黙った。






どれくらいの時間歩いただろうか。まだ自軍の救護テントは見えてこない。気力も体力もとうに底をついていた。
それでも前に進めたのは、この足が動いたのは、ハレルヤがいるから。ハレルヤと生きたいから。それだけだ。

「もう、いいって。ニール」

何が、何がいいんだよ。

「どうせ俺は、助からねえ。置いて、行けよ」

なんでそんなこと言うんだよ。行くんだよ。生きるんだよ。お前は。俺たちは。

「わかってるんだろ、お前も」

何がだよ。わかんねえよ。俺には。

「おい、聞いてんのか」

うるさいな、聞いてるよ。
聞いてるけどさ。
俺はさ、ハレルヤ。






「…ああ、腹減ったなあ」
「…そう、だな」

急に話を変えた俺に少し驚いたのか、それでも俺の意図に気付いてくれたのか、ハレルヤは返事をしてくれた。

「帰ったらさ、何食いたい?ハレルヤ」
「…そう、だなあ…」
「ああでも今は不味い非常食しかないなあ。戦争が終わったらさ、腹いっぱい美味いもん食いたいなあ」
「ああ…」

少しずつ、けれど確実に弱く小さくなっていく声に、気付かないふりをして話しかける。

「最近じゃがいも食ってないからなあ。食いてえなあ」
「じゃがいも、かよ…」

はは、とハレルヤが力なく笑う。それが嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。

「なんだよ、じゃがいも馬鹿にすんなよ?」
「して、ねえよ…」
「やっぱりハレルヤは肉とか?」
「そう、だな…食いてえ、なあ」

肩にぽつりと水が落ちる感触がした。おかしいな、今日はすごく、いい天気なのに。
気がつくと、自分の頬にも水が伝っていた。なんだ、天気はいいのに、大雨じゃないか。こういうの、何て言うんだっけ。

「この戦争が終わったら、食いに行こうな。ハレルヤの奢りで」
「何、言ってんだよ…ニール、の、奢りに、決まってんだろ」
「はは、怖えなあ」

雨は止まない。

「後は、そうだな。最近本も読んでねえし、読みたいな。それに、他にも…」






つらつらと、やりたいこと、食いたいもの、なんでもいいから列挙していった。
ハレルヤから返事が返ってこなくなっても、俺は話し続けた。



負ぶっている体がずしりと重くなったことも、俺は気付かないふりをした。


end.







ハレルヤ死ネタでした。
ひたすらネガティブになって書き続けたのでしんどかったです。
タイトルの「涙雨」というのは天気雨の別称だそうです。








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