02.朝、教室にて


「はよーっす」
「よおハレルヤ。今日は遅いな」

教室の扉を開け、迷うことなく自分の席へ向かう。窓側1番後ろの特等席だ。
がたりと椅子を引いて座ると、隣の席に座っているミハエルがそう話しかけてきた。なんで自分の席のように座ってるんだ、お前は。お前の席は1番前だろうが。

「あーまあちょっとな」
「お前んとこも大変だなあ」
「ああ、まあな…」

別に大変だと思ったことはないが、やっぱり他の奴から見たら大変なんだろう。
なんせ他人と一つ屋根の下で暮らしてるんだからな。

「今日は遊べねえの?」

ぼおっとしていたら急にそんなことを聞かれた。

「ん、ああ、今日は無理だな…買い物行かなきゃいけねえし」
「んー、そっか」

今日はも何も、この暮らしを始めてから友達と出かけるなんて滅多にしなくなった。大体休日は家にいるか刹那の相手をしている。
ミハエルは俺のこの状況も知っているし、たまには息抜きをと思って誘ってくれているんだろう。その気持ちはありがたいし、たまに甘えて遊びに行ったりもしている。

「また暇な日はメールしろよ。遊びに行こうぜ!」
「おう、また今度な」

ミハエルは馬鹿でアホだが、悪い奴ではない。だから俺もこいつと一緒にいるんだ。






「貴様、邪魔だどけ」

ふと横からそんな声が聞こえた。そっちを向くと、ミハエルが座っている席の本来の持ち主がいた。

「ソーマ」
「ええ、もうそんな時間かよ」

ソーマは、そう言ってぶすくれるミハエルをひと睨みする。すると渋々ながらミハエルは自分の席へ戻っていった。

「今日は遅かったな、ハレルヤ」

ミハエルと同じ事を言われた。こいつらどんだけ人のこと見てるんだよ。
ちなみに、こんな男らしい口調をしているが立派な女性だ。マリーはまだおしとやかなんだけどなあ。
マリーというのはソーマの双子の姉で、アレルヤのクラスメイトかつ恋人だ。

「おい、聞いているのか」

何も答えない俺に痺れを切らしたのか、少し苛々とした口調で話しかけられた。

「あー聞いてるよ。まあいろいろあったんだよ」

答えるのが面倒になって適当にはぐらかすと、ソーマは渋い表情をした。やべ、怒られるか?

「…私には言えないようなことがあったのか?」

さっきとはうって変わって明らかに沈んでいる声色に少し焦る。そうだ、こいつはいつも毅然としているけど、俺たちのことをすごく心配している。
小さい頃からずっと一緒に居る所謂幼馴染というやつで、もちろん俺たちの事件のことも知っている。俺がソーマたちの立場なら心配しないはずがないんだ。この状況は。

「や、そんなことねえよ」
「だが実際はぐらかして…」

それは、その、まあ、面倒だったというか。結局刹那の相手してたら遅れただけだからな。
それをそのまま伝えると、一瞬ぽかんとした表情の後、俯いてふるふると震えだした。あ、やばい。

「…じゃあそれをさっさと言えっ!」
「ってえ!」

逃げる間もなく頭に拳を食らった。あんな細い腕のどこからこんな力が出てくんだよ…。

「全くお前はいつもいつも面倒だからと適当にはぐらかして。またお前たちに何かあったのかと思って、私は」

あ、やばい。さっきとは違う意味でやばい。

「お、おい、悪かった。悪かったよ、だから」

泣くなよ。
そう言うと、ソーマはキッとこっちを睨んで「泣いてなどいない!」と怒鳴った。泣いてはないけど、泣きそうじゃねえか。
まあそれをずっと言っているとまたあの拳を食らっちまうからもう言わないけど。
こっちが黙ると、ソーマも同じく黙って、そのままどこか気まずい空気が流れる。
それを破ったのは、ソーマだった。






「…最近、イアンさんは来ているのか?」
「あー、いや、最近は全然来ねえな」
「そうか…」

またソーマの声が沈む。ああもう。

「別に来なくても問題ねえよ。あいつも忙しいみたいだし、たまの休みくらい家で過ごしゃいいしよ」

イアンは俺たちにあの家を与えた張本人だ。警官をしていて、全員何かしらの事件に関わって両親をなくしたらしいが、最初連れてこられたときは驚いた。
なんせ、知らないやつが4人も居て(しかもそのうちの2人が双子で)、これからここで暮らすんだと言われりゃ、誰だって驚く。
イアンは俺たちを養子にしているのだが、あいつにもちゃんとした家があるし奥さんも子どももいる。それを思うとなんだか微妙な立場だ。
初めは、家族はどう思っているのかと思ったが、奥さんも娘も珍しいほどのお人よしで、献身的に俺たちの世話をしてくれている。なんともありがたいことだ。

「ハレルヤがそれでいいのなら、いいんだが。…その、あの事件のことも、何も進展はないのか?」
「…ああ、ねえな。連絡がねえってのは、そういうことだ」
「…そうか」

そのとき丁度チャイムが鳴って、教師が入ってくる。
根が真面目なソーマは既に前を向いて授業の準備を始めていた。
俺も前を向いて、教科書やノートを取り出し授業に備える。
まあ、俺は大概寝てるんだけどな。






今日の授業が終わり、もう既に帰っているであろう刹那と買い物に行くために急いで帰る準備をする。
そのとき、ポケットに入っている携帯が震え、メールが来たことを知らせた。
なにげなくそれを見ると、発信者はライルで、内容は「買い物に行くなら酒も買ってきてくれよ!」というものだった。
とりあえずあいつは大事なことを忘れている。だから、「未成年が買えるわけねえだろ馬鹿」と返しておいた。






そりゃあ、暮らし始めは大変だった。何も知らない奴らと一つ屋根の下で、しかも全員精神的に傷を負っているやつばかりで。
衝突がなかったわけはない。ケンカなんて腐るほどした。それ以上のこともあった。
だけど今はこうやって本当の兄弟のように暮らしている。まあ、ケンカはするけど、前みたいなひどいものはない。
こうなれたのも、あいつのお陰だよなあとひとりごちながら、その功労者を迎えに行くべく家までの道を走った。







なんか暗くなっちゃったぜ
もっと明るいというかハレルヤの学校での1日を書くつもりだったのに。
事件については、まだ書くつもりはないというかこれを書いてしまったら話が終わる気がするので!
いつもというか、短編でも長編でも絡まないソーマとの絡みが書けて楽しかったです!
またみんなが暮らし始めた頃も書きたいです。ケンカや家出が絶えない兄弟たちを!







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