にゃんにゃんに惑わされ


やってしまった。
目の前の机に置かれた怪しげな小瓶を眺めながら、俺はにやりと顔を歪めた。
ここは、ハレルヤの家。実家が近くにあるにも関わらずハレルヤは一人暮らしをしている。前に理由を聞いたら、ただやってみたかっただけだと。金持ちめ。
次の日が休みであるために、俺はハレルヤの家に泊まりに来た。その部屋の主であるハレルヤはただいま入浴中。…やるなら今しかない。
俺は目の前の小瓶へ手を伸ばす。蓋を開けると、花のような砂糖のような甘ったるい香りが鼻をついた。思わず顔を顰める。
それを、冷蔵庫のいつもハレルヤが飲むミネラルウォーターに数滴垂らした。これで完了。あとは、明日を待つだけ。
無意識ににやにやとしてしまう頬を引き締めようとしても、いつの間にかまた一人笑っているというなんとも気持ち悪い状況だが、仕方がないじゃないか。だって、

「猫耳ハレルヤとか…」

事の発端は、数週間前。






ハレルヤの家で、所謂家デートをしていたときのこと。
雑誌をぺらぺらと捲っていたハレルヤの手が、ある1ページでとまった。

「どうした?」
「見てみろよ、これ」

横から覗き込むと、そこには『なんと人に猫耳が!?これであなたも萌え系?飲み物に数滴混ぜるだけでOK!』という煽り文と共に、猫耳を生やした女の子の写真が写っていた。

「嘘くせえ」
「確かに」

そのときは笑って終わりだったのだが、もし本当だったら?と気になりだしてからはそれはもうずっと気になってしまい、ついには夢に猫耳を生やしたハレルヤが出てきてしまった。起きたときは落ち込んだ。
何にって、そんな夢を見たことじゃなく、それが夢だったことに、だ。そして、その怪しさ満点の薬を買ってしまったのだ。
まあ、値は張ったが、後悔はしてないさ。






早く風呂から上がってこないかとそわそわして、時間が経つのがやけに遅く感じた。
がた、と音がしたときは飛び上がるほど驚いた。振り返ると、ハレルヤが黒いスウェットを着てタオルで頭をがしがしと拭いていた。

「ライル、風呂入ってこいよ」
「お、おう!遅かったな!」
「そうか?いつもと同じくらいだろ」

そう言われて時計を見ると、ハレルヤの言う通り15分ほどしか経っていなかった。
30分にも1時間にも感じていた俺は、それに驚いた。
だけど、とりあえず風呂入らないと。ハレルヤに不審がられたら終わりだ。

「あ、じゃあ、風呂借りるな」
「はいな」

ハレルヤが飲むところは確認したいけど、しょうがない、我慢だ。






「ハレルヤ、風呂さんきゅ…って、寝てるのか?」

風呂から上がって、ハレルヤと色違いのグレーのスウェットを着て部屋へ戻ると、ハレルヤはベッドですやすやと眠っていた。
そういえば、説明書に飲んだら強烈な眠気が…って書いてあったような。じゃあ、飲んだのか?
ますます明日が楽しみになったけど、今日は俺もこれのせいで気疲れしてしまった。とりあえずさっさと寝てしまおう。
風呂上りで乾ききった喉を潤すため、冷蔵庫から自分のミネラルウォーターを取り出し一口飲む。
そしてハレルヤが起きないように静かに布団を敷いてそこに転がった。
眠気はすぐにやってきて、あっという間に夢の世界へ旅立った。
その時の俺は、異様な高揚感と異常な眠気のおかげで、自分がとんでもないミスをしたことに気付くことはできなかった。






誰かが俺を呼ぶ声がする。…誰だ?今日は土曜日だから起こさなくっても…

「ライルっ!起きろ!」
「うおっ!?」

耳元で大声で叫ばれて飛び起きた。あ、そうか、昨日ハレルヤの家に泊まって…それで…それで、そうだ!猫耳!
ばっと後ろを振り返ると、見事な黒い猫耳を生やしたハレルヤがそこにいた。

「うわー!うわー!マジで!マジで猫耳!?」

猫耳なんて安易なアイテムだと思っていたけど、これは、やばい。猫耳好きなやつの気持ちがわかる。可愛すぎる。
はしゃいでいた俺の目の前にハレルヤがあるものを突きつけた。それは、小さな手鏡。なんだ、なんで手鏡?と思い覗き込むと、そこにはやはり俺がいた。
ただし、茶色の猫耳を生やした。

「…はっ?」
「朝起きたら俺にもてめえにも生えてたんだよ。なんだよこれ。お前なんか恨みでも買ったのか?」

そんなハレルヤの言葉も耳に入らないほど俺は混乱していた。え、何これ?ハレルヤはわかるけど何で俺も?
昨日のことを必死に思い出す。えっと、確か、風呂から上がったらハレルヤが寝てて、俺も寝ようと思って、その前に水を…ん?水?
まさか、あれ…俺のじゃなくてハレルヤのだった、とか?間違えて飲んだのか?俺。
そういえばあのあと急に眠気が…うわああマジで!マジで飲んだのか俺!
何度鏡を見てもそこにいるのは猫耳を生やした俺で。ハレルヤなら可愛いと思えたそれも自分に生えていれば気持ち悪い以外の何物でもない。

「お、おい。大丈夫かライル」
「ん、ああ…悪いな」

ずっと呆然としていた俺を心配してくれたのか。なんて優しいんだ俺の恋人は。これで暴力的じゃなかったらなおいいんだけどな。
とりあえずやってしまったものはしょうがないから、俺はこの状況を楽しむことにした。






「んっ?なんだよライル」

猫にとっては気持ちいいポイントである顎辺りを触ってみるが、特に変わった反応はなし。やっぱり猫耳が生えただけなのか。
じゃあ、と猫耳にさわさわと触れる。おお、柔らかいな。

「にゃっ!?なにすんだやめろ!」

にゃってお前…どれだけ可愛くなったら気が済むんだ…!というか耳は反応するのか。調子に乗ってふにふにと触り続ける。抵抗されてもお構いなしに続けると、いつの間にかハレルヤを押し倒していた。
床に倒されても顔を真っ赤にして涙目で抵抗するハレルヤを見ていると、なんだか、なんというか。嗜虐心が生まれてくる。
もっといじめたくなって、片手を床につき、もう片手は耳を触り続けた状態で首元に顔を埋めようとしたとき、

「…っ!?」

抵抗を続けているハレルヤの手が俺の猫耳を掠めた瞬間、ぞわ、と背筋を何かが奔った。

「…ライル?」

行動をやめた俺を訝しんでかハレルヤが見上げてきた。

「え、あ、や、なんでもない」

しどろもどろに返すと、ハレルヤがにや、と笑った。

「うそつけ。耳触られたからだろ」
「なっ、わ、わざとか!」
「てめえだってずっと触ってたじゃねえか!」

正論を言われて言葉を返せなくなるが、すぐににやりと笑ってハレルヤにもう1度迫った。

「おい、てめ、」
「そんな悪いことする子にはお仕置きが必要だな?」

耳元で努めて低い声を出すと、ハレルヤはすぐに耳まで真っ赤になった。ああ、やっぱりハレルヤは可愛い。
起こしかけていた体をもう1度優しく押し倒す。顔を覗くと、ハレルヤは真っ赤な顔をして目をぎゅっと閉じていて、それにまた愛しさが募った。






次の日、俺もハレルヤも猫耳は綺麗に消えていた。

「あーよかった。治らなかったらどうしようかと思ったぜ」
「ん?まあ1日で消えるって書いてあったし別に…」

そう言ったところで、俺は自分の失言に気がついた。
そろそろとハレルヤを見ると、ハレルヤはぽかんとした表情でこっちを見ていた。

「…さて、じゃあそろそろ帰ろうかな…」

そろそろと立ち上がり歩き出そうとすると、がし、とそれはもう強い力で肩を掴まれた。振り向くのが怖い。けど、このままでもどうなるかわからなくて怖い。
意を決してゆっくりと振り返ると、クリスマスイブのとき見た以来見ていなかった程の満面の笑みをしたハレルヤがそこにいた。一応言っておくが、目は笑ってない。

「ライル」
「はい」
「事情、聞かせてもらおうか」
「…はい」






全てを話した俺にハレルヤはただ一言、「覚悟しろよ」と放った。
瞬間、とんでもない衝撃を頬に食らって、ああ、なんか前にもあったなあと冷静に思いながら意識を失った。


end.







もう少しでR指定入るところだった…
このシリーズにしては珍しく最初から最後までラブラブ?そうでもないですね。








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