メーデー、メーデー、(後編)


「ハレルヤってさ、兄さんのこと好きなのか?」
「…はっ?」

駅から学校までの通学路、同じ学校のほかの生徒に注目されながら、そんなことを聞かれた。
なんで注目されてるのかって、そりゃあ、学校内でも不良に属している俺が秀才揃いの進学校の生徒と歩いていたら注目されるに決まっている。
ライルは全く気にしていないのか、それとも気付いていないのか、普通に歩いているけど、やっぱり俺は気になる。
だってそうだろ、初対面の俺のせいでライルの印象が悪くなったら罪悪感を感じるのは当たり前だ。

「なあ、聞いてる?」
「えっ、あ、悪い」

素直に謝ると、ライルはぶすっとした顔から一転、にっこりと笑顔になった。やっぱり似てる。少しどきりとした。

「で、どうなんだ?」

興味津々、といった感じで聞いてくる。こいつは同性愛に対する偏見とかないんだろうか。そういうところは、少し羨ましいと思う。
声に出して言うのが怖くて、黙ったまま少し頷いた。ライルは「やっぱり」と言ってまた笑顔になった。

「じゃあさ、俺がお前の恋のキューピッドになってやるよ」
「は?」

初対面の人間に何を言ってるんだこいつは。

「だってさ、やっぱり友達の恋は応援したいだろ?相手が兄さんならなおさらさ」

おい、いつ友達になったんだ俺ら。
というか、自分の兄をそっちの道に走らせてもいいんだろうか。
思案していると、焦れたのか「な、ハレルヤ!」と言いながら肩を組んできた。ああもう、俺が周りを気にしてるっていうのにこいつは。

「…俺としては嬉しいけどよ、いいのかよ。てめえの兄貴だろ」
「いいんだって!俺がそういってるんだからさ。気にするなよ」

そう言われても、というのが本音だ。だけど、俺は正直あいつのことは全然知らない。だから、弟であるこいつの方が正しいことが言えるということはわかっている。だから、

「…じゃあ、頼む」
「了解!」






それから、電話番号とアドレスを交換して別れた。
俺があいつの番号やアドレスはおろか、名前すら知らない状況にライルは驚いていた。あのあと何か言っていたけど聞こえなかった。なんだったんだ。
俺はというと、俺の通っている校門前(こっちの方が駅から近い)で別れると、それを見ていた友人から質問攻めにあった。誰だあれなんでお前があの学校の奴と仲いいんだとかそんなことを。
それを適当にあしらって教室へ向かう。携帯に追加されたひとつの番号を眺めながら。
なんだか、あいつと、ニールと繋がった気がして嬉しかった。





 *





昨日のことを思い出して、ふう、とため息をついた。まさかあそこまで進んでいないとは。
兄と昨日できた友人のあまりにも酷すぎる様子にまたひとつ、ため息がでた。
まあ、昨日ハレルヤと会って、兄さんが好きになるのもわかると思った。
初対面の俺がわかるくらいあいつは不器用なんだ。不良っぽい見た目をしていても、内面は不良になりきれていない。可愛いやつだと思った。
好きにならなくてよかったな。
もし好きになっていたら、まあ、諦めていただろうけど、辛かっただろう。
俺は友達として仲良くやっていくさ。あいつとは、兄さんのことを抜きにしても仲良くなれる気がする。






とりあえず今はあの2人のことか。できれば兄さんから告白してほしい。男らしいところを見せてほしいという、弟の願いだ。
だから、昨日ああやって兄さんを煽ったのだ。これで、少しでも焦ってくれたら儲け物だ。
不甲斐ない兄のことを思うと、またため息が出た。





 *





どうしよう。ライルがハレルヤのことを好きだなんて。
あいつは俺と違って積極的だし、ハレルヤもすぐに好きになってしまうんじゃないか。
昨日からそれを思って悶々としている。答えはすぐに出るのだ。でもそれを否定したくてまた考える。そしてまた同じ答えに辿り着く。
俺が諦める。そういう方向に。
でも、それでも諦めたくない。でも、でも。弟が好きだって言っているのだから、諦めて応援するのが兄として当たり前のことじゃないのか。
でも、でも。
繰り返す。悶々と、悶々と。





 *





『兄さんをちょっと煽ってみた。どうなるかはわからないけど』

その文面をハレルヤ宛に送り、ベッドにごろりと転がった。仰向けになって携帯の待ち受け画面を眺める。
返事はすぐに来た。『大丈夫なのか?ケンカとかにならないのか?』と。ああ、やっぱりハレルヤは優しいな。俺たちの心配をしてくれるなんて。
だけど、それは心配ない。逆に兄さんにはここまで言ってやらないとだめなんだ。
『大丈夫』と打ち、続きを打とうとしたとき、下から兄さんの声が聞こえた。どうやら俺を呼んでいるらしい。
打ちかけた文章を消し、『兄さんに呼ばれたから行ってくる。宣戦布告かもな〜』と送った。ハレルヤ、どう思うかな。嬉しいだろうなあ。
友達が嬉しいと俺も嬉しいし、兄さんも本気になったのだろうと思うとそれも喜ばしい。
俺は、上機嫌で部屋から出て、下の階にいる兄さんの元へと向かった。





 *





『兄さんに呼ばれたから行ってくる。宣戦布告かもな〜』
「…」

さっき来たメールをベッドに転がって眺める。宣戦布告ってなんだ、宣戦布告って。
ケンカする気ではないのだろうけど、やっぱり心配だ。
そう思って、最近ずっとあの兄弟のことばかり考えていることに気付いた。最近会ったばかりの、あまり親しいともいえない2人のことを。
少し笑えてくる。なんであいつらのことばっかり。

「明日は、どうなるかな…」





 *





「……は?なんて?」

引き攣ったような笑みを顔に張りつけて、俺は兄さんに問うた。

「だから、ハレルヤのことが好きなんだろう?応援するって言ってるんだよ」

なにを言ってるんだ一体。ハレルヤを好きなのは兄さんの方じゃないか。
また、なのか。兄さんはいつも、俺に譲って、自分は我慢して。兄さんのそんなところが嫌いだから、これでそんな性分も少しは直ってくれたらと、思ってたのに。
なのに、また、兄さんは。

「…ふざけるな」
「え?」
「ふざけるな、ふざけるなふざけるな!」
「ら、ライル…?」

ああ、だめだ。もうとまらねえや。俺の予定では、本当はハレルヤのこと好きじゃないということを教えるつもりだったのになあ。

「兄さんはハレルヤのこと好きじゃねえのかよ!」
「それは、」
「いつもいつも俺に気遣って我慢して!それで俺が喜ぶと思ってんのか!」
「そんなこと」

兄さんが困ってる。そりゃそうだろう。ケンカをしたことはあるけど、こうやって一方的に怒鳴り散らしたりはしない。初めてだから、どうしていいのかわからないんだろう。





 *





なんでライルはこんなに怒ってるんだ?
だって俺は、ライルとハレルヤが恋人になれるように応援するって言っただけで。
ライルは何に怒ってるんだ?いや、俺に怒ってるのはわかる。でも、俺は何もしていないはずだ。
じゃあ、何で?

「兄さん、俺が何で怒ってるかわかってるか?」

まさに今考えていたことを尋ねられる。素直に首を横に振ると、ライルは一転、苦笑した。

「やっぱりな。…兄さんの性格、俺は嫌いじゃないんだ、別に」

正直もう何が言いたいのか全然わからない。でも、滅多にないライルの真剣な表情に、口を挟むこともできずに聞き続ける。

「でもさ、兄さんがいつも我慢して俺に譲って。それだけは絶対に嫌なんだ。だから、あんな嘘をついた」
「嘘?」
「俺は別にハレルヤのことを恋愛対象として見たことはない。友達として、好き。それだけだ」
「…は?」

どういうことだ。それは。だってライルがハレルヤを好きって言うから。それが嘘だったってことか?

「別に騙して喜ぼうってわけじゃない。…こうでもしないと、兄さんはずっとハレルヤに想いを伝えないままだろ?」
「そ、それは、…というか、なんでライルは俺がハレルヤのことを好きなのを知ってるんだ?」

そう言うと、ライルは思い切り笑った。なんだ、俺変なこと言ったか?

「兄さん、今更かよ!そんなの兄さんの顔見てればわかるよ」
「ま、まじで?」

嘘だろ。ばれてないと思ってたんだけど。

「だからさ、それだけハレルヤのことを想ってる兄さんをなんとかしてやりたかったんだ。でも兄さんは奥手だから言えないだろうと思ってさ」
「そうなのか…」
「結局失敗だけどな」

そう言うとまた苦笑した。まったく、ライルはどこまで俺のことを心配してくれているんだ。
でも、ここまでされたら、しないわけにはいかないよなあ、告白。

「ライル」
「ん?」
「ありがとう。明日、言ってくる」

ライルは少し驚いた表情をしたけど、すぐに満面の笑みで応援してくれた。





 *





あれから結局ライルからのメールはなくて、不安で不安で仕方がなくてほとんど眠れなかった。
今も少しふらふらしながらいつもの場所で電車に揺られている。今にも眠ってしまいそうだ。
バーにもたれて、少し眠ってしまおうかと思っていたら、また。

「…っ!」

くそ、またかよ。どれだけ欲求不満なんだこいつは。それで男を痴漢するのもどうかと思うけどさ。
まだあいつはいない。助けてくれるあいつは、いない。自分でどうにかするしか。
ぐ、と拳を握って、振り向こうとした瞬間。

「う、わ…っ!?」

思い切り腕を引かれ、ドアに追いやられる。驚いて瞑ってしまった目を開くと、そこには、

「大丈夫か?」

あいつ、ニールがいた。ミルクティーのような色の茶髪がふわふわと揺れている。なんでここに。まだ、乗る駅には着いてないはずだ。
聞きたいけど、とりあえず返事をするのが先だと思い、返事をした。

「あ、ああ。悪い」
「いいえ」

そう言ってニールはにっこりと笑う。なんだか、初めて会った時みたいだ。
前と違うのは、やけに密着する体。いや、満員電車だから当たり前なんだけどよ。それでも前は遠慮してかできるだけ体を離そうとしていたみたいだった。
それが今はぴったりとくっついていて、ニールの温もりを感じる。
暖かくて、気持ちが良くて、なんだか、眠ってしまいそうだ。





 *





「あ、あの、俺…って、あれ」

緊張で固まってしまった体をなんとか動かして、小声でハレルヤに話しかける。けど、

「…寝てる…」

俺とドアの間でハレルヤはぐっすりと眠っていた。強張った体が一気に弛緩する。
せっかく言おうと思ったのに、出鼻を挫かれた気分だ。
でも、安らかに眠るハレルヤの顔を見ると、なんだかそんな気持ちもふわふわと消えていくように感じた。
どうせ、途中まで一緒なんだ。どうとでもなるさ。
それにしても、逆方向に乗ってしまうなんて抜けているにもほどがあるだろ、俺。いつもより早めに出ていてよかった。
まあ、それで助かったところもあるけど。






降りる駅まであと20分ほど。それまでこっちのドアは開かないから安心だ。
とりあえず、一緒に登校しようと誘うところから考えることにした。


end.







く、くっついてないだと…
なんだかディランディ兄弟が中心になっちゃいましたね。ハレルヤ出番少ない。








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