ほろ甘く広がるビター


目が覚める。まだ辺りは薄暗くて、起きる時間ではないことを示している。
いつもは目覚ましが鳴ってもあと5分あと5分と布団に潜り続けているのに、今日は意識もはっきりとしている。
思うのは、早く朝になればいいのに。早く学校へ行く時間になればいいのに。それだけだった。
なぜこんなにも早く起きたのかというと、今日は恋人たちにとって、そして男子にとって意識せざるを得ない日だ。
バレンタイン。
俺はもう1週間ほど前から楽しみで楽しみで仕方がなかった。
去年のクリスマスは、まあ夕方からはよかったものの、数日前からは最悪だった。まあ俺が悪いんだけど。
だから、バレンタインはずっと恋人らしくいたかった。そのためにずっと考えてきたのだ。
まあそれでも今日は普通に平日だし、高校生の経済力なんてたかが知れている。そんな豪華なものはできないけど、それでもハレルヤに喜んでもらいたくてバイト代をはたいてペアリングを買った。
サイズは、多分大丈夫だと思う。前に俺が適当に買った指輪をはめさせたらぴったりだったから、多分大丈夫。
もう眠れないと確信したので、ベッドから降りて机に向かった。鞄の横で存在を主張している小さな紙袋から、小さな箱を取り出す。
箱を開けると、綺麗に収まった2つのリングが見えた。リングには、金と青の小さな天然石が埋め込まれている。ハレルヤと俺の、瞳の色。
きらりと光ったそれに満足した俺は、丁寧に蓋を閉めて袋に仕舞い、忘れないように鞄の中に入れた。






結局それから眠くなることはなく、ベッドで頭まで布団を被って携帯を弄っていた。
それから、いつも通りに着替え、いつも通りに朝ごはんを食べる。
いつもと違ったのは、母さんとエイミーからチョコレートを貰ったことだ。恥ずかしそうに俺と兄さんにチョコレートを渡すエイミーは、すごく可愛かった。シスコンと言われても構わないさ。
2つのチョコレートを部屋の机に置き、兄さんと家を出た。






「兄さんはアレルヤになにか買ったのか?」

アレルヤ、とはハレルヤの双子の兄で兄さんの恋人だ。俺たちとは違ってケンカなどもせず、クリスマスもいたって普通の恋人のように過ごしていた。羨ましい。

「ああ、ペアのネックレス。ライルは?」
「ペアリング」
「そうか。今回はケンカするなよ」

前回、クリスマスのことを兄さんは知ってるから心配しているんだろう。そう言ってもらえるのはありがたかったし、今回は失敗する気はないさ。

「ああ、当たり前だろ」

そう自身に言い聞かせるように強く言った。






学校に着き、俺は今自分の下駄箱の前にいる。
一呼吸おき、意を決して扉を開けた。
…なんて、なんてベタなのだろう。
靴を入れるための下駄箱が異空間と化している。上靴が見えないほど綺麗にラッピングされた箱や袋が溢れていた。無理やり詰め込んだのか、ぐちゃぐちゃになっているものもある。
女の子たちの好意を無駄にするわけにもいかず、とりあえず1つずつ取り出して鞄に入れていく。指輪の入っている紙袋に気をつけて、慎重に。
ふと、視線を感じて横を見る。そこには、

「あれ、ハレルヤ?」

ぼうっとした表情でこっちを見ているハレルヤがいた。俺が声をかけると、はっとして近づいてきた。

「おはよう。どうしたんだよぼーっとして」
「…別に。それにしても、すげえなそれ」

はぐらかされたけど気にせずに言われたことに答える。

「ん?まあ下駄箱だけだしこんなもんだろ。ハレルヤもあるだろ?」
「ふざけんな、てめえほど貰えねえよ。ライルとニールくらいだろこんなの」

そうなのだろうか。ずっとこの調子だし兄さんも同じくらいだからよくわからない。それよりも、俺は。

「ハレルヤは?」
「は?」
「ハレルヤは俺にチョコくれないのか?」

俺はそれをずっと心待ちにしていたのだ。ハレルヤのことだから、何だかんだ言って用意してくれてると信じてる。
だからこそ、ハレルヤの言葉が俺は信じられなかった。

「……ねえよ」

俯いていて表情を窺うことはできない。

「え?」
「ねえよ。なんで俺が、てめえにチョコなんか、渡さなきゃいけねえんだよ」

何も言えなかった。とりあえずショックで、声が出ないほどショックで。忘れてたとかなら笑顔で許せたんだろうけど、ハレルヤの口からでてきたのは、その言葉で。

「…そっか、悪かったな、催促して」

浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。急に空しくなって、踵を返して教室へ向かった。

「ライル、」

ハレルヤから呼ばれても、振り返らなかった。そのまま歩いた。
だから俺は、そのときハレルヤがどんな顔をして、どんな挙動をしていたのか、わからなかった。






結局放課後までハレルヤとは話さずじまいで、クリスたちに心配されたけど何も答えることはできなかった。

「ライル、どうだった?」
「さいあくだよ…」

俺のクラスを尋ねてきた兄さんにそんな言葉を零した。
アレルヤも一緒に来ていて、幸せそうな2人のシャツからちらりと見えるネックレスが俺をまた落ち込ませた。

「え?どうしたんだい」

アレルヤが俺の様子を見て驚く。あなたの弟のことで落ち込んでるんですよお兄さん。
だけど、次にアレルヤから放たれる言葉は俺の気持ちを掻き立てるものだった。

「ハレルヤからチョコ、貰えたんでしょ?」
「……え?」
「え?貰ってないの?持ってるはずだけど…」

ちょ、ちょっと待ってくれ。え?どういうことだ?持ってるはずって?
わけのわからない俺にアレルヤは驚いて、そして昨日のことを話してくれた。
昨日、ハレルヤが実家、つまりアレルヤが住んでいる家に帰ってきて、チョコ作りを教えてほしいと言ったこと。
だから、2人で一緒に作って、綺麗にラッピングまでしたこと。
そして、「ライル、喜んでくれるといいね」と言ったら、恥ずかしそうに頷いたこと。
いてもたってもいられなくなった俺は、兄さんとアレルヤに一言謝って鞄を引っ掴むと走り出した。
素直になれない恋人を探すために。






走って走って、ようやく見つけたハレルヤは、下駄箱で靴を履き替えて今まさに帰ろうとしているところだった。

「は、ハ、レルヤ!」
「ライル」

ハレルヤは急に名を呼ばれたことに驚いたのか、びくりと体を竦ませてこっちを向いた。

「やっと、見つけた」

俺は軽く呼吸を整えると、ゆっくりとハレルヤに近づいた。ハレルヤは逃げはしなかったけど近づくこともせず、居た堪れないような表情で待っていた。

「な、なんだよ。何か用か」
「ああ。嘘つきな恋人を怒りにきた」

そう言うとハレルヤは軽く瞠目した。綺麗な金色の瞳に見とれながらも、話を続ける。

「だってそうだろ?ハレルヤ、チョコ持ってきてるのに」
「…え、?」

何で知ってるんだとでも言いたそうな表情のハレルヤに、俺は勝ち誇ったような笑顔で答えた。

「アレルヤから聞いたよ。全部」
「!…アレルヤの奴」
「ハレルヤ」

一転して微笑み、諭すように語り掛けた。

「くれないかな、ハレルヤが作ったチョコレート」
「…わ、かったよ」

次の瞬間に手渡されたのは、少しいびつながらもしっかりとラッピングされた箱。リボンを解き丁寧にラッピングを剥がす。箱を開けると、小さなチョコレートが入っていた。

「トリュフ、って言うんだと。よくわかんねえけど」
「へえ」

ひとつを口に放り込む。少しビターな味わいが口いっぱいに広がった。

「うまい」
「ほ、本当か?」
「本当に、うまいよ。マジで。ありがとう、ハレルヤ。俺、すっげえ嬉しい」

本当に感動して少し涙が出た。ハレルヤは恥ずかしそうに頬を掻く。ああ、そうだ。ここで渡さないと。そう思って鞄からあの紙袋を取り出した。

「?」

ハレルヤは何かわからないというように首を傾げている。ああもう、それ可愛すぎるからやめてくれ。抱きしめたくなるだろ。
その衝動を学校だからとぐっと堪えて、箱を取り出すとハレルヤの前で開いた。

「それって、」
「えっと、ペアリングなんだけどさ。貰ってくれるか?」

少し照れくさくなってさっきハレルヤがしたように頬を掻いた。ハレルヤはじっと指輪を見た後にぱっとこっちを見て、

「やべえ、すげえ嬉しい。ありがとう、ライル」

いままでにないくらい満面の笑みで笑われて、ここが学校だからということも忘れて抱きしめた。
まあ、その後に恥ずかしがったハレルヤに殴られることになるんだが、それも恥ずかしがっていて可愛いと思ってしまうんだから末期だ。






それから、俺たちはゆっくりと帰り道を歩いていた。
ハレルヤと俺の指には、しっかりとさっきの指輪がはめられている。

「それにしても、何で渡してくれなかったんだ?チョコ」

ずっと疑問に思っていたことを聞くと、ハレルヤはぎくりと体を強張らせた。

「え、えっと」
「なんだ?」
「だって、ライル、いっぱいチョコ貰ってたから、俺のこんなのなんていらねえだろうなって思って」

思い出したのか少し悲しそうに話す。ああ、朝にぼーっとしてたのはそれだったのか。

「そんなわけねえだろ。誰からどんなチョコを貰おうとハレルヤのチョコには適わねえよ」
「じゃ、じゃあ」
「ん?」

ハレルヤが少し言いよどむ。なんだ、焦らされると気になるじゃねえか。

「じゃあ、もう他の奴から、も、貰うんじゃねえよ!」
「え、」

これって、嫉妬?ハレルヤ、嫉妬してるのか?見ると、ハレルヤは真っ赤な顔をして俯いていて、それがもう堪らないほど可愛くって、耐えられなくなってまたぎゅうと抱きしめた。

「ぎゃっ、てめ、抱きつくなって!」
「ハレルヤ、ほんと可愛い」
「可愛くねえ!」

ばたばたと暴れるハレルヤを抑えるように強く抱きしめる。

「約束する。もう誰にも貰わねえよ。ハレルヤ」
「ほ、本当か…?」

おずおずと聞いてくるハレルヤにまた愛おしさを感じる。

「本当」
「…そっか」

それをあまりにも嬉しそうに言うから、また強く抱きしめた。
いつも殴ってくるハレルヤの手は、拳を作ることなく俺の背に回された。


end.







またライルさんを上げて落とす手法になってしまいました。今回はハレルヤのせい。
これからイベントは全てこのシリーズでいこうと思います。








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