君に届け


昼休みの訪れを告げるチャイムが鳴り響く。同時に俺は、よし、と気合を入れ、立ち上がった。
今日こそ。今日こそ想いを伝えるんだ。ずっと友達でいてたまるか。
ずんずんと歩いて隣の教室へ向かう。メールでも送っておけばよかったんだろうが、なにせ思い立ったのはついさっきだ。それまで、ずっとぐだぐだと悩み続けていた。
しかしやっと決意したのだ。ずっと、それはもうずっと片想いをし続けて、似合わないほどずっと悩み続けて、ようやっと、告白する決意ができたのだ。
だが、教室に既に想い人の姿はなく、授業中だったけどメールしておけばよかったと早速後悔した。






「なあ、ニール知らねえ?」

とりあえず近くにいたクラスの奴に聞いてみると、授業が終わると同時にどこかへ行ってしまったらしい。完全に出鼻をくじかれた。
ああもう、どうしようか。告白するのやめようかな。そう思ったけど、でも、やっぱりこうやって決意したんだから。と自分を奮い立たせ、当てもなくニール探しに出た。






案外簡単にニールは見つかった。渡り廊下にいた、のだが。
知らない女子と2人でいて、それはもういかにも、いかにもその女子が告白しています、という雰囲気だった。
女子が顔を赤らめて想いを伝えて、ニールも恥ずかしそうに、けど嬉しそうに微笑んだ。ああ、もう、なんだ。お似合いじゃないか。
やっぱりニールにはそういう可愛らしい雰囲気の子が似合ってるんだ。俺みたいなごつい男じゃなくて。俺なんか、相応しくもないのに、告白するとか。そんなこと思ったりして。は、阿呆らしい。
目頭に熱が集まるのを感じて、ぐっと抑える。ここにいちゃいけない。いたくない。これ以上、見ているなんて耐えられない。
気付かれないように踵を返し、涙を零さないように歯を食いしばって教室へ戻るため歩いた。
告白する前に失恋とか、だせえ、俺。






「よう、ハレルヤ。どうしたんだよ暗い顔して」
「…ライル」

戻ると、教室の前にライルがいて、笑顔で声を掛けられるけど、ニールと同じ顔、と言っては悪いけど、今ライルの顔を見るとニールを思い出してしまうから、正直会いたくなかった。
その顔で笑いかけられると、さっきのことを嫌でも思い出してしまって、また目頭に熱が集まった。抑えたいのに、ライルを見ると、抑えられなくて。

「……ハレルヤ?どうした?」

うって変わって心配そうな顔つきで見てくる。俺は俯いているから表情はわからないだろうけど。
顔を見られない、ということに少し安心してしまって気が緩んでしまった。じわり、と涙が目に薄く膜を張る。だが次の瞬間、

「……っ!」

ライルがどうしたのかと心配したのだろう、俯いた俺の顔を覗き込んできた。当たり前だが涙はどうにもできない。俺は、無様にも泣いている顔をライルに晒してしまった。

「!…とりあえず、屋上でも行くか」

ライルは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに軽く笑んで俺の背中を手で軽く押しつつ屋上へ導いた。俺は、どうする気も起きずにされるがまま歩いた。






「で、何があったんだ?」

屋上に着いた途端ライルに尋ねられるが、答えない。答える気はない。
だってそうだろ、お前の兄貴に告白しようとしたら先を越された上に完全に両思いのような雰囲気で逃げ帰ってきました。なんて、言える訳がない。

「…まあ、言いたくないならいいや。とりあえず治まるまでここにいろよ。俺も、いない方がいいなら戻るし」
「……いや、いい。ここにいろ」

1人なると多分泣く。とりあえず、安心できる誰かに傍にいてもらいたかった。それがたとえ、好きな奴の弟だとしても。

「そっか、了解」

ライルはまた笑って、しゃがみこんだ俺の頭を撫でた。なんか子ども扱いされてるけど、それを咎める元気もない。
それから昼休みが終わるギリギリまで、ライルは俺の隣にいてくれた。




 *




「じゃあ、ハレルヤ。またなんかあったらメールでもなんでもしろよ」
「…ん、悪いなライル。さんきゅ」

ハレルヤは、まだ泣いた跡が残った顔で悲しそうに笑った。それが俺にはたまらなく辛かった。
ハレルヤが泣いた訳は大体わかる。おそらく、自分の兄のことだろう。ハレルヤはニールのことが好きだからな。本人から聞いてはいないけど、俺はわかっていた。
ずっと、ハレルヤのこと見てたからな。
気付いたらハレルヤのことが好きだった。だが同時に、ハレルヤが兄さんに恋心を抱いているのを知った。知ってしまった。
だから、自分の気持ちを封じ込めた。俺は、俺の幸せよりハレルヤの幸せを選んだ。そうやって、自分を守りたかったのかもしれない。
だけど、それなのに、この仕打ちはなんだ。
兄さんは、同時にハレルヤも俺も裏切ったのだ。それがたまらなく許せない。
ふつふつと、兄に対する怒りが湧いてきた。怒るなんていつぶりだろうか。

「あ、ライル。ハレルヤいないか?」

なんてタイミング。いいのか悪いのかわからないけど。振り返ると、兄さんがなんともお気楽そうな顔でこちらを見ていた。ああもう、苛々する。人の気持ちも知らないで。
つい少し睨んでしまったけど、それを意に介する様子もない。それにまた苛立ちが募った。

「…ハレルヤなら教室にいるけど、何の用?」
「ん?いや、教科書借りようかと思って。ていうかなんでライルに言わなきゃいけないんだ?」

それを少し笑いながら言う。本当に、何もわかってない。何も。そんなんじゃ、駄目だぜ。兄さん。

「ハレルヤがさ、見たんだって。兄さんが告白されてるの。付き合うのか?」
「え、見たのか?ハレルヤ」
「だからそう言っただろ。で、どうなんだ?」
「なんでライルにそれを、」
「兄さん」

兄さんの言葉を遮る。いまだに、俺は迷っている。どうするべきか。どっちの、気持ちを取るべきか。

「なんだよ」

兄さんの声色に明らかに苛立ちが混じっていた。それを無視して言葉を発する。

「兄さんがそんなんのままじゃあ、俺がハレルヤ、貰っちまうからな」
「な、っ」

そのまま踵を返して自分の教室へ向かう。兄さんが何か言っているけど、無視した。
結局俺は、ハレルヤをとった。ハレルヤの幸せを、願った。自分のことを二の次にしてしまった。
この自分自身の性格を、今は恨むしかなかった。




 *




人生で初めて告白をされた。
モテていない、という訳ではなかった。中学のときには密かにファンクラブなんかもできていたらしい。それが逆に仇となったわけだけど。
ファンクラブがずっと目を光らせていたおかげで、それを恐れた女子たちからは全く告白もされず、ずっと男友達とつるむ悲しい学生生活を送ってきた。
だから、初めての告白はやっぱりすごく嬉しかった。でも、それを俺は断った。
理由はありきたりで、好きな人がいるから、だ。その子もそれをしっかりと受け止めてくれた。悲しい思いをさせただろうけど、仕方がないと思った。
それに、嘘を言った訳でもない。好きな人がいるのは本当だ。
気付いたら好きになっていて、ずっと想っていた。想っているだけだった。俺にはあの女の子のような勇気はなかった。
でも、ライルの言葉に、気付かされた。伝えないと後悔するということを。そして、ライルも同じ人を好きなんだということを。






今にも走り出して愛を告白したいが、如何せん今は授業中。我慢だ、俺。
メールでも送ってしまおうかと思うけど、迷惑じゃないだろうか、とかそんなことばかり考えてしまう。
でもそうやって退いてばっかりいたから、今後悔してるんじゃないのか。これ以上後悔したくないから、伝えると決めたんじゃないのか。
よし!と心の中で気合を入れて、机の下で携帯を開き、教師に見つからないようにメールを打っていった。
文面はシンプルに「今日の放課後話したいことがあるんだけど、時間あるか?」だ。もう1度気合を入れてから、送信した。
そういえば、これで用事があるから、とか言われたらどうしよう。もうそれだけで立ち直れない気がする。
そんな心配をよそに、送信した数分後、メールが送られてきた。震える手でメールを開く。1度電源ボタンを押してしまって内心舌打ちをした。
送られてきたメールには一言「わかった」とだけあった。それだけでも、すごく嬉しかった。
もう1度新規メールを開き、「じゃあ、屋上で」と送ると、「わかった」とさっきと全く同じ文面が返ってきた。…もしかして、面倒くさがってる?
うわ、どうしよう、これ。面倒くさがられてるかも。ああでも、もう送ってしまったし。メールはもう送ることないし。また送ったらそれこそうざがられそうだし。
ああもう、こうなったら出たとこ勝負だ。待ってろよ、ハレルヤ!




 *




「今日の放課後話したいことがあるんだけど、時間あるか?」

震える手で携帯を掴んで、今俺はこの文面を見つめていた。
ニールからメールが来たという時点で手は震えているというのにこの内容。なんだ、なにがあるんだ?
彼女ができた、という報告でもされるんだろうか。ニールならやりかねない。知らない女と仲睦まじくくっついているところを俺は笑顔で祝福しなきゃいけないんだろうか。そう思うと少し泣きたくなった。
でも、ここまできたら、祝ってやろう。それが、友達としての役目だろう。ニールだって初めてできた彼女だ。さぞ喜んでいることだろう。
とりあえず返信画面を開き、何て送ろうと迷った結果、何のひねりもなく「わかった」とだけ送った。他に何も思いつかなかった。
すると、すぐに「じゃあ、屋上で」と返ってきた。また屋上か。まあ、あのとき一緒にいたのはライルだから特に意味はないのだろうけど。
とりあえず返さないと、と焦ってしまってまた「わかった」だけ送ってしまった。何やってんだ、俺。
結局それでメールは終わってしまった。俺から送るのもおかしいし、そのまま携帯を閉じた。
とりあえず決意はしておこう。何を言われても動じない、という決意を。ニールの前で泣いてしまったら、俺はもう立ち直れない。







それぞれの思惑や決意、それぞれがもやもやを抱えたまま、刻々と時間だけが過ぎていく。








続く、のでしょうか?わからないです。
「君に届け」という曲を聴いて書いたのでタイトルも「君に届け」にしてしまいました。
くっつくとこまで書くつもりだったんですけど、みんな思いのほかへたれてしまったので。
へたれ具合でいったらハレルヤがダントツになってしまいました。ライルが1番まし。
ニールもちゃんとメール送ったのでハレルヤよりはましだと思います。








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