12.冗談と気まずさと本心
「ハレルヤ!起きなよ!」
アレルヤがばしばしと布団越しに俺を叩く。痛くはないけど衝撃がうっとうしい。
俺は今布団を頭までかぶって篭城中だ。別に眠いわけじゃない。これもアレルヤのためだ。
もう着替えてはいるし部屋にはパンも置いているから朝食もどうにかなる。
とりあえず早く迎えに来いニール。いつもより遅いじゃねえかてめえ。
「ライルは来たら適当に引き止めるからアレルヤと一緒に行け」
そうメールを送ったのは昨日の夜だ。流石に寝る時間でもなかったし見ていないということはないだろう。
そう思ってベッドで篭城を続ける。早く来いニール。アレルヤがもうグーで殴ってきやがるんだよ。
そのとき、ガチャ、という音と共に足音が近づいてきた。
「アレルヤ?ハレルヤ?」
ニールの声だ。アレルヤは「ニール、ここだよ」と言いながら俺の部屋を出て行った。やっと立て篭もりも終わりか、とのそのそと布団からでてきた。
ふう、と息をつきながらアレルヤに殴られた部分を擦る。流石にグーは痛いぞアレルヤ…。
乱れた服装を適当に直しながら2人の会話に聞き耳をたてた。2人きりにしてやってるんだからちょっとは積極的に…ん?2人きり?
「あれ、ライルは?」
ドアを開けると、やっぱり2人しかいなかった。なにやってんだあいつ。
「ライル、起きないんだって。珍しいね」
「そうなんだよ。別に熱とかあるわけじゃないみたいなんだけどさ…」
もしかして、あいつも同じこと考えてた?同じこと考えて同じことするとかどんだけだよ。
少し笑いがこみあげてきた。それを堪えて2人に向き直る。
「俺がライル起こしてくるから2人は先行っとけよ。ニール、鍵くれ」
「ん、ああ。悪いな」
ニールも察したのか、すぐに鍵を渡してくれた。
「ハレルヤ、朝ごはんは?」
「あー、間に合ったら行く。無理だったら購買でなんか買うわ」
心配そうに聞いてくるアレルヤにそう返事をするとさっさと部屋を出た。
ニールとライルの部屋の前でカードキーを通し、部屋に入る。
部屋は案外片付いていて、すっきりとした印象を与えた。
どちらがライルの部屋かわからなかったのでとりあえず近い方の部屋に入った。
いた。ベッドが人の大きさに膨らんでいる。ていうかもうニールもいねえんだから起きろよ…。
「ラーイール。そろそろ起きろてめえ」
言いながら膨らみを蹴るとライルがのそのそと出てきた。
「あーやっぱりハレルヤだ。2人は一緒に行ったんだろ?」
「やっぱりわざと起きなかったのかお前」
はあ、とため息をつくと、ライルは得意そうに頷いた。
「ああ。こうしたら2人で行けるかなって」
「ったく。俺と同じことしやがって」
「え、ハレルヤもか?」
ライルが目を丸くして尋ねる。それに頷くと大爆笑ときた。
「ははっ…俺ら同じこと考えてたのかよ!馬鹿みってえ」
「てめえが勝手にやるから俺の予定が狂ったんだよ!俺はちゃんとニールにメールもしたってのに」
「でも、うまくいっただろ?」
それがあんまりにも自信たっぷりなもんだから、俺はむかついてまた蹴った。
「いってえ!」
「うっせ、馬鹿。早く行くぞ」
「んー、もうちょっと寝てようぜ」
そう言うとまた布団に潜る。おいおい朝飯食えねえじゃねえか。
「おいライル、」
「ハレルヤも寝ようぜ!」
「はあ?おい、ちょっ」
1人でやってろ、と思ったけど、ライルに思い切り手を引かれてベッドに倒れこんでしまった。2人分の体重にスプリングが悲鳴を上げる。
「ふざけんなてめえ」
「ふざけてねえって。俺眠いんだよ〜。一緒に寝ようぜ?」
「んなことできるか馬鹿。は、な、せ、っつのほら!」
何回もライルを蹴っていると、ようやく観念したのか手を離した。
「あーあ。サボろうと思ったのに」
「俺らがサボってどうすんだよ。ほら行くぞ」
ライルも同じことを考えていただけあってすでに制服に着替えられていた。
そのまま部屋を出る。もう朝食の時間はとっくに過ぎているので人影はなかった。
「あーあ。もう食堂で飯食えねえじゃねえか。購買行くか」
そう言ってライルを睨んでも、全く悪いと思っていないのか意に介する様子はない。それがまたいらっとした。
「あら、あなたたち早いわね。朝ごはんは?」
購買にいくと、お姉さんからそう問われた。いつも購買にいる、生徒に人気のあるお姉さんだ。
「いや、こいつが寝坊するから食べられなかったんです」
「ええ、俺のせい?」
俺が答えるとライルが不服そうに口を尖らせた。100%お前のせいだろうが。
「へえ、同室じゃないのに。仲がいいのね」
「そうなんですよー。今日もハレルヤが起こしにきてくれて」
「てめえがニールと一緒に来ねえからだろうが!」
頭を思いっきり叩くとお姉さんに思いっきり笑われた。なんだかやりづらい。
「なに、あなたたちは付き合ってるの?」
「はっ…!?」
さすがにこれには俺も絶句した。え、なに、また噂か?今度はライルとってか?
「え、なんで、ですか?」
ライルの言葉も途切れ途切れで動揺しているのが窺えた。
「え?仲がいいからそうなのかなって思っただけ」
な、なんだ、よかった。また噂とかだったらもう流石にげんなりする。
「そんな普通ありえないこと聞かないでください…」
「ええ?ありえなくないわよ。この学校でもよくあるじゃない」
「はあ!?」
異口同音に俺とライルは叫んだ。よくあるって、よくあるってなんだ!?
「あら、知らないの?やっぱり元男子校だけあって多いみたいよ」
そ、そうなのか…ニールだけだと思ってた…。
朝ごはんであるパンと飲み物と新たな事実を手に非常に気まずい空気の中俺とライルは教室へ向かった。
誰もいない教室で2人で朝食を摂る。
「いやあ、まさかこの学校にホモがいたとはな…」
「…てめえの兄貴もじゃねえか」
「ああ、そっか。そうだったな」
き、気まずい。なんだこの空気。
それもこれもあのお姉さんがあんなこと言うから…!
ライルは普通なんだろうか。なんか黙ってるのに話すとき普通だしよくわからない。
パンをもそもそと食っていると、すごく視線を感じた。言わずもがな、ライルだ。
「…なんだよ」
「いや?別に」
なんなんだこいつ。いつもはべらべらしゃべるくせに。
ちょっとむかついて俯きつつパンを食べていると急に影が差した。なんだと思い見ると、
「うぉっ…」
ライルがそれはもう鼻がくっつきそうなくらい近くにいた。鮮やかな海のような青の色彩が目いっぱいに広がる。
「な、なんだよ。何か、用か」
自分でも馬鹿な質問してるとはわかっている。でも、何か言わないと間がもたないのだ。
「何か、って、こういう状況で言うか?」
「う、るせえ馬鹿」
距離をとろうと下げた椅子が、がた、と大きな音をたてた。が、それに合わせてライルも近づいてきた。
また下がろうとしてもライルに後頭部の髪を掴まれ逃げられなくなった。
「痛…っ」
「なんで逃げんの?」
なんだ、こいつ。いつもと違う。なんだか、怖い。
「なんで、って」
「俺、ハレルヤが好きなんだけど」
こういう状況だ。もしかしたらそう言われるかもしれないとも思っていたけど、まさか本当に言われるとは。
何も言わないでいるとそのままライルが近づいてきた。
その状況が、あのときの、あの変態教師にされたことと被って、また怖くなってぎゅうと目を閉じた。
「………ぷっ」
は?
「く、あはははははっ!ハレルヤ、すっげー必死な顔!」
「……はあ?」
目を開けると、ライルが思いっきり笑っていた。そこにはさっきの面影など微塵もない、いつものライルだった。
「や、ちょっとからかってやろうと思っただけなんだけど、まさかここまで本気に思われるとはとは!ハレルヤって可愛いな」
かあ、と顔が熱くなる。今の俺はさぞ真っ赤なことだろう。
「…てめえ」
「ん?」
「てめえ覚悟はできてるんだろうなあ…?」
「えっ」
思い切り冷酷に笑うと、ライルが逃げの体制をとった。が、その襟首を掴むと思い切り引っ張る。
「うぐっ、く、苦しいって!」
「その苦しさが天国のようだったと思わせてやるよ」
生徒がちらほらと登校してきた校舎内に、ライルの断末魔が響き渡った。
ライルがハレルヤに告白しようとしてきて困ってます。
その積極性をニールにわけてやれ
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