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薄暗い照明とふわふわと漂うライブハウス独特の演出の煙。壁などすべてが黒で統一されていることもあって視界はよくなかった。
そんな決して広くはない空間にひしめきあう人、人、人。鬱陶しいくらいの人。
後ろの方にいる自分はまだましなほうなのだろう。前に行ったらもう身動きなどできないのではないだろうか。
ホール内にはノリのいいロックが鳴り響いているが、聴いている人などほとんどいないだろう。
皆、一緒に来た友達と話をしているか、使用禁止であるはずの携帯を使っているか、閉じられた幕の向こうを今か今かと待ちわびて見ているか、だった。
そんな俺も一緒にくるはずだったミハエルが急用で来れなくなったため、1人でぼーっと正面を見ているだけだった。携帯はコインロッカーに荷物と共に預けてしまったので、すごく手持ち無沙汰だ。

「あの、すみません」

そんな中で、

「あ?俺?」
「ああ、はい。ここ、空いてます?」

俺とライルは出会った。






「ああ、よかった。もう全然場所空いてなくって。どうしようかと思った」
「そりゃあよかったな」

どうでもよさげに答えてやると、それでもそいつはにっこりと笑い「ああ」と言った。そんなにこのライブが見たかったのか。
そのまま会話は終了し、俺はまたぼーっと前を見ていた…のだが、見られている。そりゃあもう穴が開くくらいに。誰って、さっきのやつだ。

「…何だ」

さすがに居た堪れなくなって聞くと、そいつはさっきの笑顔のまま「名前なんていうんだ?」と問うてきた。
何これ?ナンパ?こいつホモなのか?さすがにちょっと、距離をとりたい。けどもうすぐライブが始まるそこは、後ろであってももう他に行く場所なんてないくらいの密度だった。ちくしょう!

「……ハレルヤ」
「へえ、ハレルヤってのか。いい名前だな。俺はライルっていうんだ。よろしく」

渋々名乗ると、またそいつ、ライルは嬉しそうに笑った。よく笑う奴だ。

「…どーも」

名乗られたことと、いい名前だと言われたこと両方に対して返事をする。少し気恥ずかしかった。

「兄弟とかいるのか?」
「いる。双子の兄貴」
「へえ!俺と同じだ。俺も双子の兄さんがいるよ」
「へえ、そうなのか」

意外なことを聞いた。というか偶然会った奴が同じ双子の弟というのは結構すごくないか?

「今日も兄さんと来る予定だったんだけどさ、急に予定が入ったみたいで来れなくなってさ。だから1人なんだ」
「俺もだ」
「え、マジ?」
「ああ、友達と来るんだったけど急に来れなくなったから1人で来た」
「また同じだな」

そう言ってまた嬉しそうに笑うからつられて笑ってしまった。
そうするとライルは、一瞬驚いたような表情をした後、一層嬉しそうに笑った。

「そういえば、ハレルヤって何歳?」
「16歳。高2」
「え、若っ。同い年くらいかと思った」
「あんたは?」
「20歳。大学3回生」

妥当なところだ、と思うと同時に俺もそれくらいに見えたのかと思うとすこしむっとした。
ライルもそれを感じたのか、苦笑しながら「だってさあ」と言った。

「ハレルヤって背も高いしガタイもよさそうだし、服装も大人っぽいから間違うって。間違われたりしないか?」
「それは…まあ、たまにあるけどよ」

確かに私服で街を歩いていたりすると大学生だと思って声を掛けられることが多い。
大人っぽいと言うと響きはいいが、悪く言うと老けてるということだ。そう思うと嬉しくない。

「お世辞言われても嬉しくねえぞ。そういうのは彼女のためにとっとけよ」
「ええー?お世辞じゃねえって。まあいいけどさ。じゃあ次は、」

まだあるのか、と少し辟易した瞬間、ライブハウスの空気が変わる。他の観客たちも気付いたのか、わあっと色めき立った。
ライルもそれに気付いていて、もう視線は正面に固定されている。
俺もここに来た本題はライブだ。変な出会いはあったけど。
そう思いながら、舞台袖から出てきた今回の主役たちに目を向けた。






ライブが終わると出口に向かおうとする客で後ろはごった返していた。
前から流れてきた人だかりに押されて波に流される。
ライルが聞こうとしていたことを聞こうと思ってもこれでは聞けないし、第一どこにいるのかすらわからない。
まあここだけの縁だったかと思い諦めてコインロッカーへ向かい、上着や荷物を取り出し、まだ人のごった返す出口へ向かった。すると、

「よう」

出口のすぐ外にライルがいた。誰かを待ってるのかと思ったけど、ライルは今日1人で来ていると言っていた。じゃあ、俺を待ってた?

「何してんだ、お前」
「ん?ハレルヤ待ってた」

思っていた通りの答えが返ってくる。でもわけがわからない。なんで今日初めて会った奴をわざわざ待ってるんだ?
そんな俺の表情を読み取ったのか、ライルが楽しそうに笑いながら言った。

「なんかさ、せっかく仲良くなれたのにここだけの縁だともったいないなと思って」

まさかそんなことを思っていたなんて思わなかった。それだけでいつ出てくるかわからない俺を待っていたのか、こいつは。
こんなに馬鹿だったとは、と思うと笑いがこみあげてきた。腹を抱えて肩を震わせていると、ライルが少し不満そうにこっちを見ていた。

「何かおかしいこと言ったか?俺」
「いや、悪い、まさか初対面の奴にここまでされるとは思わなくて」

ライルはまだ不満そうな表情を崩さなかったが、やがて諦めたのか大きくため息をついた。

「…まあいいや。でさ、飯でも食いに行かねえ?これを言いたかったんだ俺は」
「は?飯?」
「そう、飯。奢るぜ?」

うむ、それは悪くない。二つ返事で了承すると、またライルは嬉しそうに笑った。






ライルが近くの駐車場に車を停めているらしいのでそこまで歩いた。
道中にアレルヤに飯を食べて帰るとメールをするとすぐに「気をつけて帰ってきてね」というメールが笑顔の絵文字と共に帰ってきた。心配性というかなんというか。
それから車に乗り込んで近くのレストランへ食事に行った。
食事中は基本的にお互いの学園生活を話したり、今日のライブについて話したりしていた。
特にお互いの兄に関しての話は異様なまでに盛り上がった。やっぱり同じ双子の兄弟ということで、思うことも同じだったようだ。
そのまま自然に携帯番号とメールアドレスを交換してから車で送ってもらった。
車を降りて別れてから、あれ、これってやっぱりナンパだったのか?と思ったのはいうまでもない。






それから1週間。どこかで会うこともなく、どちらからもメールや電話をするわけでもなく過ぎていった。
今は朝のHR。担任が連絡事項を坦々と言っていく。それもほとんど俺の耳には入っていないわけだけど。
朝のHRは基本的に聞かずに寝るタイプだ。というかこれは確実に寝る時間だ。
いつも通り机に突っ伏して軽く寝ている俺は、女子たちの黄色い声で少し目覚める。
教師の声が聞こえるはずなのに、今聞こえるのは女子の「かっこいい」という声。なんだ?転校生でも来たか?
ゆっくりと体を起こして前の席にいるミハエルに声をかけた。

「なあ、何?転校生?」
「ん?ちげえよ。なんか教育実習生だって」
「へえ」

なるほど。その教育実習生が女子たちのお眼鏡に適うほど格好がよかったというわけか。

「でもなんかキザっぽいよなー。ほらあれ、そう思わねえ?」

同意を求められ、ふとそっちを見ると、そこにいたのはスーツを着て黒縁の眼鏡を掛けた…、

「はぁ!?」

つい、というかあまりにも驚いて席から立ち上がってしまった。周りが一斉にこっちを見る。

「おお、どうしたんだよお前」

ミハエルが驚いたような声を出すが返す余裕もない。え、だって、そこにいるのって、

「あ!ハレルヤじゃねえか!」

こっちを見たそいつが嬉しそうに手を上げる。そこにいるのは紛れもなく、あのライブハウスで出会ったライルであった。

「ら、ライル」
「え、なになにハレルヤの知り合い?」

ミハエルがこっちを見てそう尋ねたが、教師が場を制したことによってとりあえず落ち着いた。
ライルはまだ自己紹介をしてなかったらしく、教壇のところに立つと人懐っこそうな笑顔を浮かべた。

「これから1週間、主にこのクラスでお世話になるライル・ディランディです。よろしく!」






今の時刻、午前8時50分。
ライルから笑顔で熱烈な告白を受けるまで、あと約28時間。




俺がライルの笑顔を受け入れるまで、あと…?


end.







最近ライブに行ってきたのでライブで出会わせてみました。
なんだか出会いを書くことが多い気がする。








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