曖昧マインド


シュミレーションによる訓練を終えた俺は、コックピットから降りてうんと背伸びをする。
今回のミッションはキュリオスとヴァーチェだけで行われ、俺と刹那はトレミーで待機していた。
もうそろそろ帰ってくる時間だろうな、そう考えていると、タイミングよく相棒の平坦な声が響く。

「アレルヤ、ティエリア、カエッテキタ、カエッテキタ」

俺は2人を労うべく、ハッチから必ず通るであろう廊下で待つことにした。






「お疲れさん、ティエリア」

先に歩いてきたティエリアに声をかけるが、ちらっとこっちを見ただけで無視された。まったく、可愛げのないやつだよ。
暫く経ってからアレルヤが向こうから歩いてきた。ティエリアと同じように労わりの言葉をかけようとして、できなかった。
アレルヤはいつも大人しいが、それとは違う。気分が沈んでいるようなときとも違う。重たいような冷たいような、それを限界まで鋭く尖らせたそれは、アレルヤの放つ雰囲気とはよほど遠かった。

「ア、レルヤ?」

ようやく搾り出した声も、アレルヤの耳には届いていないのか、意図的に無視されたのか、返ってくる言葉はなかった。
そのまますぐ横を通り過ぎる。手で持ったヘルメットを肩に担いでいるため、表情を窺うことはできなかった。
だが、どうにもアレルヤに思えないあの雰囲気が気になる。まるであれは…

「あ」

二重人格のようではないか、と思った瞬間、

「もしかして…ハレルヤか?」

そういえばあいつは二重人格ではないか、と今更ながら思い出した。






ガン、と大きな音がしたが、別段驚きはしなかった。
それもそうだ、何故ならその音を出したのは自分だったから。

「……チッ」

舌打ちをしながら先ほど自分が壁に投げつけたオレンジ色のヘルメットを見下ろす。
なんなんだてめえは、やることだけやって後は奥に篭っておねんねかよ。
さっさと奥に篭ってしまった相棒にそう悪態をついても返ってくるのは沈黙のみ。深く深くに堕ちているのだろう。
よほど先ほどのミッションが辛かったんだろうが、そんなものこっちは知ったこっちゃあない。それに、

(結局、てめえが何を思おうと引き鉄を引いたのはてめえじゃねえか)

そう責めても結局何も返ってこないものだから、より苛々が募った。
今回のミッションは、アジアのある国で起きている紛争に介入するというものだった。ただそれだけ。特になにもない簡単なミッションのはずだった。
だが、向こうも死にたくはないのだろう、逃げ遅れた子どもを盾にとったのだ。
それはギリギリの行動であった。そのギリギリの行動であったため、アレルヤの反応速度を持ってしても間に合わなかった。
向こうが子どもを盾にしたとき、アレルヤはまさに引き鉄を引こうとしているときだったのだ。
気付いたときにはもう遅く、アレルヤの指は引き鉄を引いていた。ミッションに則り敵を殲滅した。何の関係のない子どもを犠牲にして。
関係のない子どもを殺してしまったという後悔がアレルヤを責め、深くへ潜っていってしまった。
ハレルヤは、そんなことをしても、懺悔をしたところで贖罪にはならないことを理解している。まして自分たちは世界から見たら立派なテロリストだ。
子ども1人の命を歯牙にかけてしまったらもう武力介入なんてできなくなる。自分のしていることを全く理解していないアレルヤに苛立ちが募った。
徐にプロテクターを外し、スーツを上だけ脱ぐ。邪魔な袖は腰の辺りでくくっておく。へばりつくような汗が気持ち悪い。うっとおしい。それにすら苛々する。
シャワーを浴びるため部屋を出ようとしたとき、ドアをコンコン、とノックする音が届いた。

「おい、いるか?」

そのあとすぐに聞こえてきた声は、ロックオンの声だった。よりによって俺の一番嫌いな奴だ。
反応がなかったからか、何回もノックする音が響く。だがどうしても開ける気にはならない。
どうせこれも部屋に篭ってしまったアレルヤを心配して声をかけているんだろう。兄貴面しやがって。そういうところが1番嫌いだ。
話すことなど何もないし、第一アレルヤは奥で眠っている。そう思い居留守を決め込んでいたが、次の言葉に反応せざるを得なかった。

「おい、いるんだろ?ハレルヤ」
「…あ?」

何故こいつは今俺が出ているって知ってる?俺に代わってからロックオンと会ったのはコックピットから降りてきたときだけだ。
あのときだけでわかったってのか?そもそも話してすらいないし、目も合わせていないというのに。
1番の特徴である分け目は、ヘルメットで見えなかったはずだ。じゃあ、なんで。
無言でロックを解除しドアを開けると、笑顔のロックオンが立っていた。






「で、俺様に何の用だよ」
「まあ、いいからちょっと話しようぜ」

さっきからずっとこれだ。ずけずけと入ってきたと思ったら勝手にベッドに座って「お前も座れよ」だ。なんなんだこいつ。この部屋の主は俺だぞ。

「用がないなら帰れ。シャワー行きたいんだよ」
「アレルヤは?」

突然の質問に面を食らい、つい律儀に答える。

「アレルヤなら奥で寝てるぜ。話しかけても起きねえからアレルヤに用があるなら無駄だ」
「いや、いいんだ。用があるのはハレルヤだからな」
「は?」

こいつは俺に一体何の用だというんだ。そもそも俺とこいつはほとんど話したことがないというのに、この状況はなんなんだ?

「ハレルヤが辛そうだったから」
「はぁ?」

俺は今度こそ顔を歪めて返した。誰が辛そうって?何を言ってるんだこいつは?

「いつ俺が辛そうだったよ?てめえの憶測押し付けてんじゃねえ」
「いや、なんとなくだけどな」
「はっ、なんだそりゃあ、話にならねえ。じゃあな」

立ち上がり去ろうとすると、思い切り腕を掴まれた。あまりにも力が強いもんだからつい顔を歪めてしまった。

「あ、悪い、痛かったか」
「……」

謝っても離すどころか力も緩まない。緩めたら俺が振り払うからだろう。

「…なんだよ」
「あのさ、ハレルヤ。何があったんだ?」

今更かよ、とつっこみそうになったけど、我慢した。それに言わないと離さないのだろうと思い、観念して話すことにした。






「…なるほどな。そりゃあ、辛かったろう」

ロックオンが辛そうに顔を顰める。なんだ、こいつもか。こいつも、テロリストの癖に割り切れてないクチか。

「お優しいアレルヤ様は辛くてしょうがねえんだろうけどな。俺はなんとも思ってねえよ」
「何?」

ロックオンの纏う空気が剣呑さを帯びてくる。俺はそれに気付きながら挑戦的な笑みを貼り付けて答えた。

「だってそうだろ、あんな戦場にいたガキが悪いんだ。自分は死なないとでも思ってたのか知らねえが、あんなところノコノコ歩いてたら俺には死にたがりにしか見えねえなあ」
「お前…っ!」
「アレルヤはただの事故だったが俺なら容赦しねえ。例え人質にとられようがそいつごと撃ってやるよ」
「ハレルヤっ!」

ロックオンに思い切り怒鳴られ胸倉を締め上げられる。同じ身長だからあまり締め付けられなかったのは幸いだった。
今までにないくらい近くで見たロックオンの表情は今までにないくらい険しく歪められていた。誰が見ても怒っているとわかる。

「お前は、罪のない人たちの命を奪っていいと思ってるのか!そんな理不尽が許せないから俺たちは…!」
「今まで介入してきて1度でも罪のない奴の命を奪ってないと、言い切れるか?」
「それは…っ」
「結局それも偽善なんだよ。お前がどう思っていようと俺たちはテロリストだ。世界からはそう見られてんだよ。たった1人のガキの命を救ったところで英雄様にはなれねえんだよ!」

まくし立てるように言うと、それでもロックオンは諦められないのか、悔しそうに顔を歪め俯いた。

「それでも、それでも…っ、なんとも思わないわけがないだろう!お前だって、人間なんだから!」
「……は?俺が、人間だと?」

どこか自嘲めいてる俺の声色を不思議に思ったのか、ロックオンがこっちを見る。

「俺が、人間?こんな存在さえも曖昧な俺が、人間だと?は、てめえ面白いこと言うな。肉体も持たない、精神も曖昧な俺が、人間な訳ねえだろうが」

口は笑っていても目が笑っていない。それが自分でわかるくらい心の中は冷め切っていた。

「ハレルヤ、」
「体を持ってるアレルヤでさえ肉体改造された化け物なんだ、そんな中にいる人格だけの俺が人間な訳ねえ。例えアレルヤが人間だったとしても、俺は」
「ハレルヤ!」
「ただの、バケモンだ」






気付くとギリギリと締め上げられていた胸は解放されて、なぜか視界の隅にあいつの茶色い癖毛がちらついた。それが、あいつに抱きしめられている、ということだと理解するのに時間を要した。

「なんっ、なにしやがるてめえっ」
「だって、ハレルヤが泣きそうな顔するから」
「泣いてなんかねえ!離しやがれっ」

だがどれだけもがいてもロックオンは俺を離そうとしない、それどころかより強く抱きしめてきた。
とりあえずこの大の男同士が抱き合うという気持ちの悪い状況をどうにかしたいのだが、この馬鹿野郎がそれを許してくれなかった。

「ハレルヤ、お前自分が人間じゃなっていうけどさ、じゃあこの体の温かさはなんだ?ハレルヤの体温だろう?」
「それは、アレルヤの体温だ」
「違うよ。だってハレルヤが表に出てきたらハレルヤはこの体で見て、感じて、生きてるんだろう?」
「それは、」
「ただちょっと体が丈夫でちょっと違う力が使えて、精神が2つあるだけ。それだけだ。アレルヤも、ハレルヤも、それぞれ1人の人間だ」

なんでこいつは、こんなことを平気で言うのだろう。こんな、俺の不安を簡単に取り払ってしまうようなことを。
すごく腹が立つ。むかつく、むかつく、むかつく。
けど、

「え?」

おもいきり突き放すと踵を返して部屋を出ようとする。でも、焦りかドアが開かない。いつの間に俺は鍵をかけたっけ?
その間にロックオンが思いっきり近づいてきた。

「ちょ、もう1回!もう1回言ってくれよ!」
「はっ!?ぜ、ぜってえ嫌だ!離せ!」
「言うまで離さん!」
「ふざけんなてめぇ!」






俺だって、感謝したら礼をいうくらいはする。
突き放す寸前、ロックオンの耳元で、小さな声で、
「ありがとう」とだけ言っておいた。
もう二度と言わねえけど、ありがとう、ロックオン・ストラトス。
俺は、あんたのおかげで、少し救われた気がする。


end.







やっぱりロックオンもハレルヤもキャラ違いますねすみません!
ハレルヤはマイスターの中でニールが1番嫌いだといいです。








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