はじめましての暇もなく
いつも通り撮影のためスタジオに入ると、まだセッティングしているところだった。早く来すぎたか、と少し後悔する。
慌しく撮影のセットを組んでいるスタジオの空気に、まだ自分の出番ではないことを教えられた。簡潔に言うと、居場所がない。
今日は確かアレルヤとの撮影の後に兄さんとインタビューを受ける予定だった気がする。
もしかしたらアレルヤが来てるかも、という薄い期待を胸に辺りを見回すと、期待通り、アレルヤの後姿を見つけた。
「アレルヤ!おはようさん。お前も早く来すぎたのか?」
そう言い肩を叩くと、すっとアレルヤがこちらを向いた。のだが。
なんだかいつもの柔らかい雰囲気はなく、すこし冷えたようなオーラを出している。それに、いつもはかけていない眼鏡をかけているし、分け目も逆だし、何より瞳がいつもの落ち着いた銀灰色ではなく、ギラギラとした金色だった。
衣装も、撮影に出るようなお洒落な衣装を着ているのだが、いつものアレルヤの衣装とはタイプが違った。
「えっと、…?」
アレルヤの姿をした別人のようなそいつに混乱していると、そいつが口を開いた。
「俺はアレルヤじゃねえよ。双子の弟のハレルヤだ」
ハレルヤ、と口の中で反芻する。
これが、俺と、ハレルヤの出会い。
聞いたところ、ハレルヤはモデルではなく、アレルヤのマネージャーをやっているらしい。
衣装だと思っていた服は自前だと言われた。自分でコーディネイトしたのかと思うと、スタイリストになればいいのにとハレルヤの生かされていない才能に嘆いた。
「ハレルヤはモデルはやらないのか?」
「やりたくねえよ。それに俺なんかがモデルできるわけねえだろ」
こいつは自分の魅力をわかっていないのだろうか。同じ顔のアレルヤがやってるじゃないかと言うと、アレルヤはモデル向きなんだとだけ言われた。俺にとっては2人がどう違うのかなんてよくわからなかった。
ハレルヤと話していると、セッティングができたのだろう、呼び出しがかかった。
「おはようライル。アレルヤは?」
撮影監督のミススメラギに声を掛けられた。名前はスメラギ・李・ノリエガなのだが、俺と兄さんはミススメラギと呼んでいた。あれ、そういえばアレルヤの姿をまだ見ていない。いつもは俺より早く来ているのに。
「いや俺は知らないですけど…ハレルヤなら知ってるんじゃないですか?」
そう言うと、ミススメラギは「それもそうね」とだけ返してハレルヤの方に歩いていった。それにしても、なぜマネージャーだけがここにいるんだろうか。
俺のマネージャーのクリスなんて、連れてくるだけでさっさと他の仕事場に行ってしまったというのに。
まあ考えても仕方がないかと思い伸びをしていると、「はぁ!?」というハレルヤの怒声が耳を突いた。
なんだなんだと周りのスタッフたちもそちらを見る。行ってみると、ハレルヤはどこかへ電話をしていて、ミススメラギも困ったような表情をしていた。
「風邪って…なんでもっと早く言わなかったんだよ!…行けると思っただぁ!?熱40度近くあって動けない奴が何言ってやがる!どうりで昨日…ったく、マリーにメールしといてやるからてめえは寝てやがれ!」
おお、口が悪い。じゃなくて、アレルヤ風邪って。今日の撮影どうするんだ。
苛々とした表情で電話を切ったハレルヤは、一転、申し訳なさそうな表情をしてミススメラギに向き合った。
「まあ、聞こえただろうけどアレルヤが風邪で動けないらしい。今日の撮影はキャンセルしてもらっても構わないだろうか」
「風邪はしょうがないけど…ここまできてキャンセルはちょっと難しいわよ。それに今から代役を立てるのは時間が掛かるし…」
事情はわかったらしいが、もうスタジオは今でも撮影できる状態だ。ここでキャンセルは少し難しいだろう。
「そうだよな…」
ハレルヤもわかって言ってたのか、困ったように眉を顰める。
どうしようか、とスタジオに重い沈黙が下りる。ハレルヤをちらと見たとき、これはもしかして妙案ではないかというアイディアが浮かんだ。
「ミススメラギ、ハレルヤに代役をやってもらうってのは?」
「はぁ!?」
大きく目を見開いてこちらを見るハレルヤを尻目に、ミススメラギを説得にかかる。
「ハレルヤだったらアレルヤと同じ顔だし、同じ体型だし、モデルに向いてると思うん
だ!この服だってハレルヤが自分でコーディネイトしてるらしいし、センスもあるだろ?」
「そうね…ハレルヤだったら今すぐ撮影できるし、いいかもしれないわね。それにアレルヤより貴方との撮影に向いてるわ」
「ちょ、ちょっと待て!俺を差し置いて話を進めるな!」
わたわたとしながらハレルヤが怒鳴るが、ミススメラギには聞こえちゃいない。ガラガラ、とアレルヤが着るはずだった衣装が掛かっているラックを引っ張ってきてハレルヤに一着を突き出す。
「ここでアレルヤが急にキャンセルしたとなったら問題になるわよ?ハレルヤが代役をやるっていうなら、特に問題にはならないし。それにこの雑誌ね、ハレルヤを気に入ってるらしいわよ?」
代役をしなかったらアレルヤの仕事が減るかもしれない、と暗に脅しを掛けられているなこれ。ハレルヤも意図を汲んだのか、ぐっ、と一言だけ声を出した。
「…わぁったよ。やればいいんだろやれば!その代わり俺流にやらせてもらうからな!」
「わかればよろしい。思う存分やってちょうだい」
勝った、という顔をして笑うミススメラギを俺は苦笑して見ているしかなかった。
端的に言うと、撮影はいつも通りに終了した。
素人のはずのハレルヤがあんなにもできるとは思わなかった。他のスタッフもそうだったのだろう、感嘆の声を漏らしているスタッフもいた。
やはりいつもマネージャーとしてアレルヤを見ているだけのことはあるな。
俺も、アレルヤとの撮影は何回かあったけど、どれよりも今日の撮影が1番やりやすかった。
大人しい性格のアレルヤよりも、自信たっぷりで挑発するようにポージングをとるハレルヤの方が俺も合わせやすかった。性格上俺たち合ってるんだろうな。
ふと辺りを見ると、ハレルヤがスタジオの端で座り込んでいたので、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを持ってそっちへ向かった。
「よ、お疲れ、ハレルヤ」
そう言ってペットボトルを渡してやると、ハレルヤはこちらを向いてそれを受け取った。
「おう、悪いな」
そういってミネラルウォーターを煽る。よっぽど疲れたんだろう。
「はぁ…モデルってこんな大変なんだな。近くで見ててもわからなかった」
「大変だぜ?これでも短いほうなんだけどな」
そう言うと、「そうだよな…モデルってすげえ。俺には無理だわ」と言われた。ハレルヤほどモデルに向いてる奴もいないと思うんだけど。
「なあ、ハレルヤ」
「なんだよ」
一拍おいてから、思っていたことを言う。
「お前さ、モデルやらねえ?」
「は?」
「いや、今日一緒にやって思ったんだけどさ、ハレルヤって絶対モデル向いてると思うんだ。どう?」
「いや、どうって…俺さっき俺には無理って言ったじゃねえか」
それはわかってるんだけどさ、すごくもったいない。このルックスであの写真写りでマネージャーとか。もったいない。
「それに俺がモデルやったらアレルヤのマネージャーはどうすんだよ」
「それはまあ、どうにでもなるだろ」
俺は必死だった。どうにかハレルヤにモデルになってほしい。もう1回、もっと、一緒に撮影がしたい。より深く繋がりがほしい。
なんでそう思ってたのかなんて全然わからないけど、とにかく必死だった。
だが、どれだけ説得してもハレルヤは首を縦に振ってはくれない。そのうちに次の仕事場へ移動する時間になってしまった。
「ライル!迎えに来たよ!早く行かないと!」
いつの間にか来ていたクリスに呼ばれた。でも、まだハレルヤが。
「ほら、お迎えきてるぜ。早く行けよ」
ハレルヤもそう言って、しっしっと手で払う動作をされた。
「う…覚悟しとけよ!俺、諦めてねえから!」
それだけ言ってハレルヤから離れた。絶対諦めねえ!
用意された車に乗り込むと、既に兄さんが乗っていて「よう」と言われた。
それに返事を返し、車に乗り込む。
「なんだよライル、嬉しそうにニヤニヤして。なんかいいことあったのか?」
え、俺ニヤニヤなんてしてたか?そう思い手を口元に持っていくと、確かに口の端が上がっていた。
ひとりでにやけていたらしい。周りから見るとさぞ気持ち悪かっただろうな。
「いやまあ、ちょっとな」
そう返すと、兄さんは「へえ」とだけ言って前を向いた。俺にいいことがあったのが嬉しかったのか、少し声が明るかった。
待ってろよ、ハレルヤ。
絶対にお前のこと逃がさねえからな。
そう決意し、次の現場に向かった。
end.
みんな余裕でモデルできそうだったからモデルパロにしました。
ライルが1番モデルっぽいかなあ。