シフォンに溶ける


大学生ライルと製菓専門学生ハレルヤ


かちゃかちゃ。静かな空間の中に1つの音だけが響く。
その音を生みだしている主、つまり俺はお菓子作りの真っ只中だ。
毎日のように学校でケーキやらパンやらを作っているというのに、なんで休みの日まで作らなきゃいけないんだ。
その原因は恋人であるライルにあった。
ハレルヤの作ったケーキが食べてみたい。そう言われた。それだけ。それだけなんだが、今俺はこうやってそいつの家でせかせかとケーキ作りに勤しんでいる。
断ればよかった。そう何度思っても、結局それは本心ではない。パティシエ志望である自分の内心は、やはり誰かに食べてもらいたいというのが大きいのだ。
それが自分の恋人となるとその思いもひとしおだ。
だからわざわざ材料を買って朝から恋人の部屋に入り浸っているのだ。

「ハレルヤー。ひーまー」

まあそんな恋人はさっきからずっとこんな調子なのだが。

「あーもう、もうちょっと待てよ。大人しくテレビでも見てろ」
「ハレルヤが来てるのにテレビなんか見てられるかよ!」

後ろからぎゅうと抱きつかれる。あの、動けないんですけど。

「お前が作れっつったのになんでお前が邪魔してんだよ」
「だってさ、こんなに暇だとは思ってなかったんだよ」

ぶう、と不満そうな口を作る。ガキかお前は。

「もうあと焼くだけだからよ、型に流すからちょっとどけ」

そう諭すと渋々ながらも離れてくれた。まあ、クリームも作るけどな。
てきぱきと型に生地を流し、余熱してあったオーブンへ入れる。そのままクリーム作りに入った。
市販の生クリームに砂糖を混ぜつつ泡立てていると、ライルがまたくっついてきた。今度は抱きつかずにくっつくだけだ。

「さっきのケーキさ、なんで真ん中に穴あいてんの?」
「んー、しらね」
「しらねえのかよ。学校で習わねえの?」
「だって学校でシフォンケーキ作ったことねえし」
「まじで。じゃあなんでそれ作ったんだ?」
「気分だよ気分」

実のところ気分ではなく、ライルのことを考えてだった。甘いものが苦手なライルのために、重くなく甘すぎないシフォンケーキを選んだのだ。
本当はもっと材料にこだわったほうがいいのだろうが、学生である自分にはそんな贅沢はできない。
それでも、ライルに喜んでもらいたい。だからこうやって作ったこともないものに挑戦したんだ。喜んでくれると、うれしい。

「ハレルヤ」

やべ、考え込んでた。ライルが不満そうに呼ぶ。

「なんだ?」
「まだ?」

この「まだ?」というのはケーキのことではなく俺のことだろう。ひとがせっかくケーキ作ってやってんのに。
少しむっとしながらクリームの具合を見る。うん、もうよさそうだ。

「ああ、もう大丈夫だな。あとは焼けるのを待つだけだ」
「そっか!じゃあそれまでいちゃいちゃしようぜ」
「なんでだよ」

べたべたしてくるライルをあしらってリビングに仰向けに寝転がる。あー疲れた。寝転んだ状態でぐっと伸びをすると、少し疲れが取れた気がする。

「ハレルヤ」
「なんだよ」
「据え膳?」
「バカか」

とりあえずバカは蹴っておくことにした。






「いってえ…脛はねえだろハレルヤ」
「うっせバカ」

脛を押さえて悶えるライルを尻目にごろごろとくつろぐ。
まだ焼きあがるまでにはしばらくあるし、さて、どうしようか。

「ハレルヤっ!」
「うおっ」

また抱きついてきやがった。というかのしかかられた。寝転んでいたのは失敗だったか。

「てめっ、重いって、どけっ」
「だってさ、久しぶりに会うんだぜ?もう俺、ハレルヤ不足」

そう言うとよりぎゅうと抱きしめられる。重いし苦しいけど、俺だって会いたかったのに変わりはない。
だから、しばらくそのままでいてやることにした。






ぴぴぴ、という音がする。
どうやらそのまま寝てしまっていたらしい。ライルも隣でぐうすかと眠っていた。
抱きしめられたまま眠っていたために体に乗っている腕をどけ、キッチンへと急ぐ。
オーブンを開けると、ふわっと漂うほのかな甘い香り。取り出すとしっかりとふくらんでいた。よかった、失敗してなかった。
シフォン型を逆さまにしてあらかじめ用意しておいた瓶を型の穴の部分に挿す。ケーキが萎まないようにするためだ。
それからライルを起こしに行くと、匂いでかもう起きていた。

「おう、できたのか」
「おお、もうちょっと待っててくれ」

粗熱のとれたシフォンケーキをカットし皿に盛り、さっき作っておいた生クリームをトッピングする。シンプルだけど、これが1番美味い、と思う。

「ライルー、できたぞ」
「おお!すげえじゃねえか!プロっぽい」

わあわあと1人で騒ぐライルに苦笑する。プロっぽいってなんだよ。

「初めてだから味に自信はねえぞ」
「絶対美味いに決まってんだろ!ハレルヤが作ったんだからな」

ライルが笑顔でそんなことを言いのける。なんて恥ずかしい奴。
嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちのままフォークを渡してやると、すぐさま食べ始めた。

「うめえ!すごい美味い!これ本当に初めてかよ!」

なんというべた褒めっぷり。嬉しいけどやっぱり少し恥ずかしい。
フォークで一口大に切り生クリームを少し付けて口に放りこむ。うん。美味いな。初めてにしては上出来だろう。
そのあとは時折言葉を交わしつつケーキを食い続けた。






「ごちそうさま!美味かった!」
「おう、サンキュ」

ケーキも食べ終わりこのままくつろごうという空気になってきた。
だがまだ片づけが終わってないし、ケーキも4分の3くらい残っている。
ケーキは…ライル1人では食べきれないだろうからアレルヤやニールにお裾分けするか。マリーにも渡したら喜ぶだろう。
片付けは今しないとな。このままじゃ結局だるくて延ばし延ばしになってしまう。
そう思い立ち上がろうとしたとき、思い切り押し倒されて背中をフローリングに強かに打ちつけた。すごく痛い。

「いってえ!何すんだ!」

俺を押し倒した張本人、ライルに思い切り抗議する。が、ライルは俺の上に乗っかったままにやにやと笑ったままだ。

「な、んだよ」

なんだか不安になってきた。この展開はなんだ?

「いやあ、美味しいケーキの後は、やっぱり、ねえ?」
「はは、ライルさん何を言っておられるのかよく」
「いただきまーす」
「ふざけんなてめぇぇぇぇぇぇ!!」

それからどうなったのかは、まあ、想像に任せる。


end.







シフォンケーキおいしいですよね
短編のニルハレ率の高さにびっくりしたので、今回はライハレを書きました。
パティシエハレルヤって…よくないですか。かっこよくないですか。








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