06.噂と噂の変態教師
ざわざわ、ひそひそ。ああうるせぇ。
廊下を歩くと周りからひそひそと話し声。教室に居てもざわざわと妙な喧騒。
ニールと少しでも話そうものなら女子の歓声まで聞こえる始末。ノイローゼになりそうだ。
できるだけ何事もないように自分の席にいるが、それでも視線はつきまとう。
原因は昨日のファイル整理らしい。夜まで、2人で、生徒会室で。そして仲睦まじく帰る姿(に見えたらしい)。中には抱き合ってたとかキスしてたとかいう噂もあるらしい。ふざけんな。
そしてさっきの昼休みが引鉄になって、俺とニールは恋人になっているという噂が一気に広まっていった。
「ハレルヤ、ハレルヤ」
「うるせえ、話しかけんな」
「なんっで!兄さんじゃないじゃん!」
「他のクラスの奴らはお前とニールを勘違いすんだよ…!周り見ろ!」
廊下にいる他クラスの女子たちは、ライルが俺に話しかけてからずっときゃあきゃあと騒いでいる。
「はは…すごいなこりゃ」
「てめぇは他人事で羨ましい限りだぜ」
そのまま机に突っ伏す。周りが見えないように。
「そんなことねえよ。俺だって兄さんに間違われていろいろあんだからな」
まあ、双子だといろいろ大変だよな…って、俺も双子じゃねえか。じゃあ、アレルヤも…?それって、やばくないか?
ていうか、俺ニールにアレルヤとくっつく手伝いするって言ったのにこれだよ。アレルヤも勘違いしてるんじゃ…。
なんだか面倒なことになってきた。でもとりあえずここにはいないアレルヤを探さねえと。そう思いおもむろに立ち上がった。
「ん、どこいくんだ?ハレルヤ」
「アレルヤ探しに行く。どこ行ったか知ってるか?」
「いや。でももうすぐ6限だし戻ってくるだろ」
チャイムと同時に、アレルヤが教室に戻ってきた。横にはニールの姿もある。
「ほらな」
それだけ言うとライルはさっさと自分の席に帰っていった。
「ただいま、ハレルヤ。なんだか大変なことになってるね」
「おかえり。ああ、アレルヤは何にもなかったか?」
アレルヤの態度はいつもどおりだが、少し疲れているような印象を受けた。
「うん…ハレルヤと勘違いされちゃって、いろいろ聞かれちゃったよ」
はは、と苦笑いしながら言われたが、俺は苦い顔を隠せなかった。
「あ、でもニールが助けてくれたんだよ!その代わりニールがいろいろ聞かれてたけどね」
「ふうん…」
こいつもちゃんとポイント稼ぎしてんだな。ちら、とニールを見ると苦笑いしているニールと目が合った。ふい、と不自然に目をそらされる。
てめえがそんな態度してたら余計に勘違いされるじゃねえか!ほら見ろ、クラスの女子が嬉々としてこっちを見てんじゃねえか勘弁してくれよ。
「いつまでおしゃべりしているんだ。授業を始めるぞ」
教師が入ってきてもクラスメイトの視線は消えることはなかった。
「ハレルヤ・ハプティズム」
「あ?」
授業も終わり残すはSHRだけになったとき、さっきの授業の、数学のグラハム・エーカー先生に呼ばれた。
この後生徒会だった俺は、今日も遅刻するわけにはいかないと教室で髪をくくり、眼鏡をかけているところだった。
「なんですか」
「渡したいものがある。放課後教務室へ寄ってはくれないか」
じゃあ一緒に持ってくればよかっただろうが、とは言えるはずもなくただ「はい」とだけ返しておいた。
満足そうに笑んだそいつは教室を後にした。うう、俺あいつ苦手なんだよな。
なんでもホモだという噂のある先生だ。苦手意識ができないわけがない。
しかも事あるごとに刹那に迫ってるのを何回も見ていることもあって、他の奴らより苦手意識は強かった。
SHRが終わってからもその重い気分は優れない。
「…先行っててくれ」
「まあ、なんだ。がんばれ」
暗い顔で言うと、ライルに励まされてた。がんばれねえよちくしょう。
今までにないほどの重い足取りで教務室へと向かった。
「失礼します」
そう言って教務室へ入ると、近くに担任のパトリック・コーラサワーがいた。
「おう、どうしたハレルヤ」
「あ、なあ、エーカー先生いねえ?」
「ああいるぞ。っていうかお前、先生には敬語使いやがれ」
「へーお前って先生だったのか初耳だなー」
そう言いながらエーカー先生の元へと向かう。後ろで炭酸がなんか言ってるけど無視だ無視。
「エーカー先生。渡したいものって何ですか」
そう言うと、そいつはふふ、と笑いながら「君はコーラサワー先生と仲がいいんだな」と言われた。
「いや、別に。普通じゃないですかね」
そっけなく言うと、そいつはまた笑みを深くした。なんなんだこいつは。早く終わらせてしまいたい。
「ああそうだ、渡すものだったな。…む、資料室に忘れてしまったようだ。ちょっと来てくれるか」
言うが早いか立ち上がりすたすたと歩いていってしまうので慌てて追いかけた。
資料室は教務室に隣接されていて、教務室からしか入れないようになっている。
しかも教務室と資料室の間に窓はなく、ドアが1つあるだけなのでいつも薄暗い。
エーカー先生は資料室に入り電気をつけ、机に置いてある紙束を手に取った。
「ああ、あった。これだ」
そう言って俺にその紙束を手渡した。
「これを今度の生徒総会で議論にあげてほしいのだが、よいかな?生徒会長」
紙束には、今年度の予算などが詳細に書かれており、いたって普通のものであった。
「はい、わかりました。じゃあ俺は生徒会が…っ!?」
さっさと行こうと踵を返すと急に腕を掴まれた。そのままぐい、と引っ張られて壁に背中がぶつかる。
「痛…っ」
「ときにハレルヤ・ハプティズム。君がニール・ディランディと付き合っているという噂は本当なのかな?」
文句を言おうと顔を上げると、鼻がくっつきそうなくらい近くに顔があって何も言えなくなった。
「言わないとこのままキスしてしまうぞ?」
背筋がぞわっとした。うわああこいつまじでホモなのかよ!とりあえず言わないと餌食になる!
「・・・っち、違いますけど」
俺の答えに満足したのか、うっそりと笑みを深める。
「ふふ、そうかそうか。…ならば、今私が君に何をしようと、ニール・ディランディには関係ないということになるな」
「は!?なにを…っ!やっ、めろテメェ!」
じたばたと抵抗するが、押さえつけられていてうまく動けない。しかも殴ってやろうと固めた拳もあっさりと掴まれ壁に押し付けられてしまった。
「てめぇ…本気かよ」
「私はいつでも本気だが?」
グラハムの手に力が篭る。それだけでも、びく、と体を震わせてしまう。
「ふふ、やはり怯える姿はたまらないな。それにその眼鏡もいつもと違っていい」
そう言って顔をより近づけてくる。こいつマジでキスするつもりか!?ふざけんな!
そう思っても体は押さえつけられたまま抜け出せない。このままじゃ…!
その瞬間、バタン!と大きな音を立ててドアが開いた。
驚いてそっちを見ると、今までにないくらい険しい表情をしたライルがいた。
「ライル・ディランディか。なぜここに?」
「…ハレルヤがなかなか来ないから迎えに来たんだ。ハレルヤから離れろよ先生」
今だかつてないほどライルが怒っている。こんなライル、見たことがない。
「…断る、と言ったら?」
にやりと笑って答える先生に、ライルの表情がより険しくなる。はっきり言って、少し怖い。
温厚な奴ほど怒ると怖いというが、それは本当らしい。
「ふふ、冗談だ」
そう言うと、今までどうあがいてもはずれなかった手がいとも簡単に離れていった。同時に体も離される。
すると、つかつかと歩いてきたライルに腕を掴まれ、そのまま引っ張られる。
資料室から出て行くまで、ずっと先生は笑ったままだった。
「お、おい、そろそろ離せよライル」
資料室から出てからずっとライルは俺の腕を引き歩き続けていた。ずっと無言で。
「え、ああ、悪い」
はっとしたライルは、ぱっ、と腕を離した。やっと腕が解放される。
「なんなんだよ、どうしたんだよお前」
「いや…なんでもない。それよりお前は大丈夫か?」
大丈夫か、というのはさっきの先生とのことだろう。
「ああ、特に何もされなかったからな」
「そっか…ならいい」
ライルは、ふ、と軽く笑うと俺の頭を撫でてきた。
抵抗しようかと思ったけど、まあ、たまにはいいかと思いそのまま暫く撫でられていた。
ニールが全くがんばってねえし問題も解決してねえし新しい問題もでてきてるし!
どうしようこれ
今回の最後のシーンは書いててすごく楽しかった!私が!
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