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まるごとぜんぶ、ちょうだい

 ずっと、その瞳の中に自分を映してほしいと願った人が、さりげない口調で言った。

「御幸くんの瞳、凄く綺麗」

 部活の休憩中、名前先輩の口から綺麗、と零れ出て、不覚にも心臓がどくりと脈打った。自身を言われたわけではない。御幸の目が、瞳が、キレイだと言われただけだ。なのにこんなにも胸が熱くなって塞がるように苦しくなるのは、いつも自分ではない相手を映し出している瞳に、今はしっかりと自分が映し出されているからだ。

「うん、やっぱり綺麗だ」

 名前先輩は目をじっと細めて微笑んだ。その瞳の奥を覗くと優しい光が蝋燭の火のように存在していた。先輩の目も綺麗ですよ、と言いたいけれど、そんなこと言えるわけでもなく、名前先輩の瞳に映る自分を見つめ返す。その中の自分は、彼女の中にあるその眩い光にあてられて、心がバカみたいに狼狽えているのが見え透いていた。その瞳の中で飄々とした笑顔を作ってみせても、全て無効になるのだ。

「名前先輩、顔近いっすよ」

 肩から流れる髪の毛からシャンプーの匂いがふわりと鼻腔をくすぐって眩暈がした。それに伴い、日焼けしているのにもかかわらず極め細やかな肌や、形の良い唇が開閉しているのが、ほんのりと夕日の茜色に染められており、背筋がぞくりとするほど艶かしく映った。再び心臓がはちきれてしまいそうなほどうるさく鳴った。
 そんな御幸の気持ちは露ほど知らず、「普通だよ」と微笑む彼女に、御幸は自ら顔を逸らして話頭を転じる。
 彼女の瞳の中にいるもう一人の自分は、そんな様子をみて嘲笑しているだろう。不格好だなと。

「鳴とはどうなんですか」

 唐突に鳴の話をすると、名前先輩は困ったように眉尻を下げながら急だねと薄く笑って、躊躇いながらも口を開く。

「相変わらず」
「へえ」

 前に彼女が「鳴から連絡が来ないんだ」そう、ぽつりと呟いていたのを思い出しながら、御幸は相槌を打つ。その時の彼女の寂しげに細められた瞳の中には鳴がしっかりと存在していて、そこに入る隙はないのだと思い知らされたのだ。

「はっはっ、名前先輩愛想尽かされてんじゃないっすか、鳴に」

 冗談めかして言うと、彼女は顔を少しだけ歪ませて、目をそっと伏せた。

「どうなんだろう」
「本人に直接言やいいじゃないですか」
「邪魔、したくないんだ」
 
 ふっと息を吐き出して諦めたように笑う彼女に、御幸はとうとう耐えられなくなった。今だ。今しかない。その瞳に自分が映っている間に、胸の内にある感情を吐き出してしまわなければならない。「じゃあ、さ」御幸は高鳴る鼓動のまま、言葉を徐に吐き出した。

「キレイな瞳ごと、俺のこと好きになって下さいよ」

 名前先輩の目を真っ直ぐ見つめて言うと、彼女の大きな瞳がさらに大きく見開かれる。彼女はその唐突な言葉に二の句が継げなくなったようで、それをいいことに御幸は続けた。

「冗談に聞こえます?」

 真剣な口調で問うと、名前先輩は首を横に振った。そして「突然だなあ、御幸くんは」と困ったように笑みを浮かべた。

「キレイと好きは違うでしょ?」
「そうですね。全然違います」
「…そういうことだよ」

 名前先輩はこの話は終わりとでも言うように「ジャグを洗いに行かなきゃ」と独りでに呟いて、ここから去ろうとする。御幸は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。思わず力強く握ってしまって、彼女の口から小さな悲鳴が洩れるが御幸は力を緩めなかった。
 今ここで彼女が御幸の腕を振りほどいて去ってしまい、この話が最初から無かったことにされるのが怖かった。
 無かったことになんて、させるものか。

「ずっと、名前先輩のこと見てました」

 ぐっと腕を引き寄せると彼女は簡単に蹌踉めいて御幸との距離がなくなる。御幸は顔を近づけて先輩を見つめた。先輩の瞳は途惑いでぐらぐらと揺れていた。御幸は、それを見逃さなかった。

「俺、諦めませんから」

 そう言って、御幸はゆっくりと手を離した。そろそろ休憩も終わりだ。「じゃあ名前先輩、また後程のミーティングで」と御幸は先輩にわざとらしく唇の両端を釣り上げて笑って見せた。さぞかし意地の悪い笑みを浮かべていることだろう。名前先輩には悪いが、ずっと胸につっかえていたものが無くなって、すっきりとしていた。あの瞳に、鳴と自分が秤にかけられてぐらぐらしているような状態で、今でも自分がいるのかと思うと嬉しさのあまり腹の底から快哉を叫びたくなった。

 今夜にでも、鳴に電話して言わなければならない。

「もしもし、鳴?」
「…何、一也。こんな時間に」
「お前に、言わなきゃなんねーことあってさ」
「はあ? 要件さっさと言って」

「お前の大事なもん、掻っ攫うわ」