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「#幼馴染」のBL小説を読む
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あまのじゃくとあまのじゃく

 ビリビリ。紙を割く音が放課後の静かな教室に響く。想いの綴られた文字は、彼の手によって無情にも散り散りになって、ゴミ箱の中に入ってゆく。今まで何度も見てきたその光景に思わずため息が洩れ出た。
「あーあー、かわいそうに」
 実感の伴っていない周囲の口ぶりをなぞる様な声が出た。言われた当の本人は、手に紙屑がないことを確認する様にゴミ箱の上で数回軽く手をはたいて「そんなこと微塵も思ってないくせに」と軽薄な笑みを浮かべた。
 犬飼の言う通り、かわいそうだなんてちっとも思ってない。こんな男の本性も知らずにわざわざ時間を割いてまで手紙を書く女たちはなんて愚かなのだろう、が正解だ。男を見る目がなさすぎて同情の余地もない。わたしなら……と、ある人物を思い浮かべる。ツンツンしてて、素っ気なくて、気性が荒い。けれど本当は素直で、優しいけれどそれをちっとも顔に出さないから周りから怖いと認識されてしまう。今ここにいる男と正反対に位置するような男だ。
「まーたカゲのこと考えてる」
 物思いに耽っている間に、いつのまにか目と鼻の先に犬飼がいた。うっわ、と驚いて声を上げると、彼は色気が無いねぇと鼻先で笑う。そりゃそうだ。犬飼相手に色気を使ったところで私になんのメリットがあるというのだ。じとりと目を細め睨みつけるが、彼は気にも留めず話を続けた。
「おれさ、カゲにまじで嫌われてんだよねー」
「日頃の行いが悪いからでしょ」
「手厳しい」
「だってホントのことだし」
 興味がないくせにただ暇つぶしのためだけに女の子と付き合ってみたり、わざと好意を寄せてる素振りを見せてこっぴどく振ったり、自分の都合の良いように誘導尋問したり、それを隠しもしないのだから手に負えない。そういうのを人一倍感じ取ってしまう彼からすれば、犬飼に近づこうともしないだろう。
「苗字とは結構上手くいくと思わない?」
「ちっとも思わない」
「そう言うと思ったけど、実際に聞くとさすがのおれでも堪えるかも」
 肩をすくめながら、本気なんだけどな、と独り言のように小さく呟かれた言葉になんて返せばいいのかわからなくなって口を噤む。だって、そんなこと、私はとうの昔から知ってる。まるで当てつけのように目の前でラブレターを破って見せたり、彼女がいるくせに私と一緒に帰ったり、クラスが離れているのに教科書をわざわざ借りに来たり、彼女と別れる理由が大体私が原因だったりするのを知らないとでも思っているのだろうか。
 ずっと彼のことを否定し続けながらも、それにわざわざ付き合っていることが、何よりも答えだと言うのに、この愚かな男はそのことに気づかないし、犬飼は本気で私がカゲのことを好きだと信じて疑わない。たしかに、カゲのことは好きだ。かなり親しい仲だと自分でも思う。でもこの“好き”は、恋愛の意味での“好き”ではなく、友人としての“好き”だ。そのことに犬飼自身が気づくことを私は待っている。けれどきっと、犬飼も私と同じように、私の口から関係が変わるような決定的な言葉が出るのをずっと待っている。数年前、荒船が「お前らってほんとめんどくせぇよな」と呆れたように苦笑した声が頭の中で波打つ様に響く。
 だから、だろうか。あろうことか、私は犬飼の手を引いて教室から出ていた。
 あっさりと破り捨てた手紙が入っているゴミ箱の中を眺める綺麗な横顔を少しでも視界に入れたくなかったのかもしれないし、本気なんだけどな、とどこか寂しさを孕んだ一言がこんな行動を私にさせているのかもしれない。ただの、衝動的な行動。ずんずんと先を行く私にわざとされるがままになっている犬飼の忍び笑う声がする。
「……なに笑ってんの」
「わかってるくせに。こんなの笑うでしょ。このままボーダーに行くつもり?」
 驚きと揶揄いを含む声音に、私は負けじと鼻で笑う。
「別にいいんじゃない?」
 息を詰める気配がしたけれど、何も気づかないふりをして、一瞥もせずに足を進める。
 いつの間にか指と指がひとつずつ絡まり合っていて、校舎を出るときには後ろにいた犬飼はとなりを歩いていた。もう後には引けないところまで来ている。
「あ〜あ、私って本当見る目ない」
「それおれのセリフ」
 殺伐とした言葉を交わしながらも、指先に灯る熱はどこまでも正直だ。けれどめんどくさい私たちがちゃんと言葉にするのは、もう少し先になりそうだ。