STRATEGY
ドタドタと階段を駆け上がる音がして「けんまー!!」と名前を呼ばれる。それと同時に、派手な音を立てて部屋のドアが開け放たれた。いつものように大きなため息を吐き出して迷惑だと言外に匂わせても、この一つ上の幼馴染にはちっとも伝わらない。長年の付き合いから「うるさい」と口に出したところで無駄だとわかっているので、そのままゲームを続けた。今日は貴重な休日だ。ある程度ゲームのシナリオを進めたい。名前はまるで自分の部屋のようにベッドの上にあるクッションを床に敷いて、すぐ隣に座り込んだ。そのクッションはずっと昔から名前専用になっている。「研磨! マルバツクイズです!」
唐突なことを言い出すのはいつものことだ。
「ゲーム攻略の仕方は、恋愛においても同じでしょうか? マルかバツかで答えよ」
今はちょうどレベル上げの最中で単純な攻撃を繰り出す敵を倒しているだけだ。だから、まあ、その質問に答えてやらないこともない。
「…………マル」
おれの答えに名前は満足そうに肯いてやっぱり研磨もそう思う? と目を輝かせて刀で敵を薙ぎ倒していく画面を見つめている。人がゲームをしているのを見て何が楽しいのかさっぱり理解できないけれど、名前は時間をかけて映画を見る感覚だから楽しいと随分前に言ってたから、彼女が隣にいてもいなくても気にしないことにした。
ちなみに自分の考えとしては現実でもゲームでも攻略方法は変わらないと思っている。運転しているときや酔っ払った状態の時が本来の性格なのだと世間ではよく言うけれど、ゲームにもそれは当て嵌まるんじゃないだろうか。今までちゃんと考えたことがないからよくわからないけれど。
「研磨はさ、ストーリーとやり込み要素の両方をバランスよくやって、さくさくっとストーリーを進めていくよね。だから恋愛も好きな子をそつなく落としそう」
「……それはさすがに偏見じゃない?」
「そうかな?」
そつなく落とせるかどうかは置いといて、今そういう恋愛とやらにエネルギーを割けるほどの余裕がないのだけれど、わざわざ声に出していうほどのことでもないかと思い黙り込んでひたすら指を動かす。
それで言うと名前は……、と考え始めている時点で、おれは名前のペースにすっかり巻き込まれている。
「名前は敵とかボスに負けるのが怖くてずっとレベル上げしてストーリー全く進まないタイプ」
自分で言ってから、まさに今の名前じゃないかと気付く。もう一人の幼馴染のことを遥か昔から好きなのに、まだ言わないでいる。
「その通りです! でさ、鉄朗はそのときできるやり込み要素を絶対に逃さないよね。レベル上げも限界までやって確実に敵とかボスを倒す」
「それ、……ちょっとわかる」
まさに今のクロである。クロは昔から名前の気持ちが自分に向けられてこと知っている上で、名前から好きと言われる決定的瞬間をずっと待ち続けている。名前が告白しようかと悶々と悩んでいるのを眺めて楽しんでる節すらある。
世間一般的に、目は口ほどに物を言うとよく使われるが、ゲームは口ほどに物を言うと言い換えてもいいかもしれない。
「ふふん、でしょ?」
そんなクロの心情なんてちっとも知らない名前は得意げに笑ってみせた。そうやって笑っていられるのも今のうちだ。おれの中でカウントダウンが始まる。
「ねえ、まだクロに言わないの?」
「へ? なにを?」
「すっとぼけても無駄。そろそろ告白しなよ」
「無理! 初恋は叶わないっていうじゃん」
小学生の頃から高校三年生までずっと好きでいることの方が稀なのだと思うけれど「世間的にはそうなんじゃない?」と適当に相づちを打った。
「クロを好きになってからそろそろ十年を迎えようとしてるなんて本人に知られたら気持ち悪くて引かれるかもしれないし……」
「面白そうな話をしてますね、お二人さん」
唐突な第三者の声の介入に名前は「ひょえっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。驚いて固まっている名前を無視して「クロ、トイレ遅かったね」と肩越しに振り返る。クロはいつも通りの飄々とした様子で部屋に入ってきた。
「二人が夢中になって話してたもんで、途中で話の腰を折るのも野暮かなと」
「いつから聞いてたの!?」
叫ぶようにして訊く名前に対してクロは「やっぱりそこ気になる?」と勿体ぶるように言ってにっこりと胡散臭い笑みを浮かべた。
「マルバツクイズです、のところから」
「最初からじゃん! てか鉄朗来てたの知らなかったんだけど!」
「……普通、来た時に玄関で靴見て気付くでしょ」
「そんなの見てない! わたし帰る!」
名前は憤然と立ち上がってこの部屋から逃げ出そうとしたが、その行動を予想していたクロがその道を塞いだ。愉しそうな笑みを隠しもせず名前の顔を覗き込むようにして目線を合わせた。クロの名前攻略が始まった。
「まあまあ落ち着きなさいよ、名前チャン」
「落ち着いていられるかー! だってわたし好きって言っちゃったじゃん!」
うわあと両手で真っ赤になった顔を覆って喚いている名前に「うるさい」と眉を寄せても、奇妙なうめき声をあげるだけでおれの声は全く届いちゃいない。けれど名前がこうなることは想定内だ。あとはクロに任せるとしよう。
ゲームがオートセーブされているか確認して、財布をポケットに突っ込む。
「おれ、コンビニ行ってくるから。名前はその間にクロからクイズの答え聞いといたら?」
じゃあ、と部屋を出るとクロがありがとなと手をひらひらと振っている一方で、名前は未だに顔を真っ赤にさせて嘆いている。
二人の関係性がどうなるのかなんてもうわかりきっている。これからだって、いままでと変わらず色々と面倒事に巻き込まれるのだろう。ゲームで言えば、おれは親密度を上げるためのサポートアイテムみたいな存在なのかもしれない。けれどそれが不思議と嫌ではなかった。
コンビニで、無意識のうちに少し高めのアイスクリームを三つカゴに入れていた。