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きみはきづかないよね

 幼馴染みが下駄箱の前で立ち尽くしている。「どしたの」と思わず声をかけると「これどう思う?」と顔を顰めて下駄箱の中を指差した。そんな幼馴染みの靴箱を覗いてみると、色とりどりの小さな箱がぎゅうぎゅうに敷き詰められていた。

「うわあ、すっごいねえ」

 自然と感嘆の声が出た。だって、本来あるはずの上靴が見えない。

「なにこれ。今日なんかあったっけ?」

 純粋にわからなくて頭一つ分大きい幼馴染を見上げると、呆れた顔で「バレンタインでしょ。名前って本当に女子?」とひややかに返される。
 あ、なるほどね、と一人納得する。本日は二月十四日で世の中はバレンタイン一色なのだった。本来日本では女子が想いをこめて男子にチョコレートを贈るイベントだけれど、それ以外でも、女子学生という生き物は『友チョコ』なるものを交換し合う一大イベントだ。けれど、そういうのは煩わしいと小学生の頃そうそうに見切りをつけたわたしは、バレンタインと無縁の世界で生きることとなった。確かに周りの様子をよくよく見てみると、男女の性別関係なく、皆そわそわとどこか落ち着きがないように見える。

「うっかりしてたや」
「名前らしいっちゃらしいけどね」

 それにしたって、この幼馴染みに贈られているチョコらしきものは、どれもこれも本命だと言わんばかりの立派な包装をしている。リボンと包装紙の間に手紙やメッセージカードまで挟んであるではないか。
 モテモテかよ、羨ましい。周りの男子諸君の気持ちになってみる。
 けれども沢山のチョコを前にしても彼はちっとも嬉しそうではなかった。顔を顰めたまま、怪しげにひとつの箱をイヤそうにつまみ上げる。汚い雑巾と同等の持ち方だ。なんて酷い扱い。

「靴箱の中にチョコを入れる女子の神経がよくわからないんだけど、そこのところ解説してくれる? 一応女子代表としてさ」

 一応は余計でしょーが。じとりと目を細める。

「理由なんてさあ、直接渡すのが恥ずかしいから、毎朝必ず覗かざるをおえない靴箱に入れるんじゃないの? それぐらい察しなよ」
「それはわかる。でもそうじゃなくてさ、靴箱の中とかって普通に考えて臭いし汚いじゃん? 食べ物をそこに入れる?」
「恋に盲目な女子たちはそこまで考えないよ。相手にとにかく渡せればいいんだから」
「そういうのまじで理解できないんだけど」

 けらけらと渇いた笑いを洩らしながら、女子たちの好意を容赦なく一蹴する。親しい人や興味を持っている人以外にはとてもドライな彼らしい答えだ。

「でもさー、世の中には義理すら貰えない男子がいるんだよ? 澄晴のためにわざわざ時間とお金かけて作ったって考えたらすっごい萌えない? わたしだったら嬉しいけどなあ」
「へえ、そういう考えもあるわけだ。一方的に押し付けられても困るだけだし、それ考えただけで色々重たすぎて死ねるよね」
「うっわ、冷たい! 今の言いふらしてやる! そしてボコられろ!」
「してみれば? まあそれでも今と大しておれへの評価は変わんないと思うけど」
「クソ腹立つ!」

 実際、澄晴はすごくモテる。幼稚園の頃から今までずっと一緒の学校で過ごしてきたが、どこでも彼はモテモテだった。正直、わたしのタイプとは違うから全力で否定したい気持ちはあるが、小さい頃から馴れ親しんでいる顔にもかかわらず、何気ないふとした表情はやはり整ってるなあと感心する瞬間が多々あるのだ。認めたくはないけれど。
 彼は毎年のことなのか、馴れた手付きで大きなビニール袋に大量の箱の山を放り込んでいく。そしてなんとか見つけ出した上靴を履き、廊下に出た。

「あ、そうだった」

 彼は思い出したように鞄の中を探った。

「これあげる」

 彼の鞄から出てきたのは、丁寧にラッピングされた箱だった。彼の靴箱に入っていたような箱と同じように、とてもかわいらしい包みだった。不意討ちの行動に思わず首を傾げる。

「どったの、これ」
「昨日姉ちゃんたちが作ってて、ついでにオレも作ってみたんだよね。案外美味しくできたし、姉ちゃんとオレで作りすぎたし、食べきれねえからって棄てるのも勿体無かったから、名前にあげる」
「え、まじに?」

 驚いて彼の顔をしげしげと見る。彼は至極真面目な顔をしたまま肯いた。

「まじに」
「ほんとに貰っていいの?」
「いいって言ってんじゃん」

 ほら、と差し出された綺麗な箱を素直に受けとる。

「うわあ、まさか貰えるとは…。余り物とはいえ、不覚にもときめいた。澄晴のくせにやるじゃん」

 階段を登りながら正直に今の気持ちを伝えると、彼はにんまりと唇の端をつり上げた。

「そのまま好きになってくれてもいいんだけど?」

 思ってもみなかった返しに、足を止めて目を瞬く。階段の上から見下ろす双眸は、本気なのか冗談なのか計りかねる。冗談に違いないのに、その言葉に頬がじんわりと熱くなる。

「調子乗んな、バカ」

 あかくなった頬を見られまいと、階段を一気に上がる。彼を追い抜かす瞬間、「提案があるんだけど」と腕をひかれる。顔は未だに赤いままだ。

「ホワイトデーは三倍返しね」
「わかった。ホワイトデー三日前に開封した湿気たポテチあげる」
「お前ねぇ、それ三倍返しどころかゴミあげてるのと同じだってば」

 けらけらといつものように笑って「お返し、まじで楽しみにしてっからね名前」と掴まれた腕は放され、頭を軽く小突かれる。わたしは「痛いってば」とその手を大袈裟に払いのけた。
 いつものノリで突っ張ってしまったが、正直に言うと小学校以来のバレンタイン参加にちょっぴり心が満たされていた。彼はそんなわたしの心の内側をわかっていたのかもしれない。
 そういえば、とふと過去の記憶が蘇る。幼稚園のときから小学校低学年までは毎年チョコレートを澄晴にあげていたっけ。幼いながらに、母親と一緒に作ったチョコレートを渡すときはドキドキしたのを覚えている。澄晴はありがとうと笑って、毎回目の前で食べておいしいと繰り返し言っていた気がする。けれど、小学校三年生ぐらいにもなると、わたしが渡さなくたって、彼は沢山のチョコレートをもらった。手にいっぱい抱え、ひとりで食べきれないやと苦く笑って、わたしに食べるの手伝ってとお願いされるようになってから、澄晴に渡すのをやめたのだった。
 もしかしたらこのチョコレートは、幼稚園から小学校低学年の頃のお返しなのかもしれない。また本人に聞いてみよう。

 お昼休みに、早速もらった箱の包みを丁寧に空けて、食べた。入っていたチョコブラウニーは、ダークチョコレートのほろ苦さに、ナッツの風味がほのかに香り、甘いのが苦手なわたしにとって丁度いい甘さだった。口に入れた瞬間、「美味しい…」と感嘆の声をあげてしまうくらいには、文句なしに美味しかった。胃袋を完全に掴まれてしまった。
 わたしはホワイトデーのお返しを真剣に考え始めていた。



Happy Valentine's Day