ペン先のその先に映りたい
手に持っているペンをくるり、くるりと器用に回す。気だるげに頬杖をついて、いつも綺麗におさまっている唇は少し尖っている。くるり、くるり
ペンを細長い中指で軽く弾き、親指の付け根を軸にして素早く円を描き、人差し指と親指の間にペンが収まる。時々、強く弾きすぎるのだろうか、数十回に一回は勢いあまって落とす。
あ、また落とした
斜め前に座っている彼女の手におさまっていたペンは、ゆるい弧を描いて足下までやって来た。机の下を覗くと、やはりあのペンがあった。そのまま机の下へ潜り込んでそっと拾い上げると、ふと視線を感じた。彼女の視線だ。俺は彼女がしてるみたいに一度くるりと回してみる。手からふわりと少し浮いて、人差し指と親指の間でなんとか受け止めた。このペンは軽くて回すのには向かないようだ。
これ、苗字さんのだよな?
ペンを指差しながらジェスチャーで伝える。すると、何故か呆れたような顔をした。先程まで尖ってた唇をやんわりとあけて、口をはくはくとさせて俺に言う。音はなかったけれど、
わたしのこと、見すぎじゃない?
そう、言ったのがわかった。もちろん、返す言葉は決まっている。
授業、暇だからさ
苦笑いの表情で肩を竦めてみせると、彼女は急に面白いものでもみつけたかのようににやりと笑った。あ、その顔は初めてみた。
じゃ、エスケイプしちゃう?
頬杖を止めて、両腕をまるで非常口にある緑の看板の影の人のようなポーズをした。授業中に抜け出すことなんて不可能なのに、彼女とならできる気がしてくる。けれども現実はそううまくはいかない。
いやいや、前見て
人差し指で前を見ろと促してやる。すると彼女はつまらなそうに顔を顰めるが、俺が指差した理由がわかったらしく、前を見てすぐに真面目な顔つきに戻った。先生がチョークを握ったままじっと彼女の挙動を見ていたのだ。俺とのやりとりはまるでなかったかのようにさっと前を向いた彼女は、姿勢を正して再び授業に耳を傾ける。しばらくすると、指先がまた同じようにペンを弾く。そして今までこちらに向けられてた視線は、黒板を見ているようにみえて、実は違うところをずっと見ている。こくりこくりと頭を揺らしている前の男を、飽きもせず、ずっと、一途に見詰め続けている。
右に左にときには上にときには下にさまざまな方向へ首を傾けるその男の様子を見兼ねた先生は「倉持ィ!」と大きな声で名前を呼ぶと、そいつはびくりと肩を跳ねさせて先ほどの彼女と同じように姿勢を正して、閉じられていた教科書を慌てて捲った。その様子を見て、肩を震わせて笑う彼女の顔はいろいろなものがだだ漏れだ。隠しもしないその表情に、ぐうと胸の奥が重くなって少し息が詰まる。それをゆっくりと吐き出すように、
あーあー青春だねえ
なんて胸の中でぽつりと溢して、倉持を眺める彼女を、俺は頬杖をついて眺める。押し上げられた頬の肉が少し痛い。
そういう俺も、青春か
苦い苦い、青春か
むなしく跳ね返ってくる自分の言葉に一人ごちて、自嘲の笑みを浮かべるのはこれで何度目だ。数えることやめたのはいつだ。
くるり、くるり
また再開されたペン回し。統計して数十回に一度落ちるそれが、さらにこっちに転がる確率はどのくらいなのだろう。ほとんどは机の上に落としてしまうだけで、下に落ちることはそうそうないことを知っている。返し損ねた彼女のペンが、自分の机に横たわっている。
くるり、くるり
俺の心もあのペンと同じように、永遠とぐるぐるまわっているのだろう。
俺も真似して、このペンをくるりと回す。