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「#お仕置き」のBL小説を読む
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点と線

 ものすごい音をたてながら、冷たい風をごうごうと間近でふかせて、わたしの髪の毛全部を宙に舞い上げて、電車が走る。
「すごい、風」
 思わず、声に出した。
「うん、あっという間」
 白い息を布の隙間から吐き出して、とっくりと眺める。がたとん、ごととん、と規則的なリズムを刻みながらまっすぐ走っていく四角いフォルムの電車はどんどん遠くなって、やがてひとつの点みたいになってわたしの視界から消えてしまった。あっという間に消えてしまったのに、電車が通過した名残だけは、わたしの顔を覆っている乱れた髪やら、外気の空気に剥き出しになってさらされている頬とか耳とかにその風の冷たさだけがびりびりと残っていて、なかなか消えてくれない。
 まぶたの裏にさっきの電車を映しながら、わたしの隣をゆったりとした足取りで歩く春市くんをそっとうかがう。
 きっと、春市くんも、あの電車とあの人と同じように、わたしの真横を一瞬で通過するのだろう。音をがたとんと響かせて、風をごうごうと吹かせて、一瞬で通りすぎていく。その一瞬で、忘れたくても忘れられないどうしようもない想いをくっきりと残すだけ残して、わたしをぽつりとここへ置いてくのだ。春市くんもあの人もどんどん遠くへ行って、手の届かないところへ行って、遥か彼方へ行って、やわらかくてやさしくて痛くて苦しくて触れることができない想い出となって、無意識の向こう側へと置いて行って、想い出す頃にはうっすらと埃をかぶっていてちょっと古くなって、綻んだ部分は自分の解釈によって置き換えられてしまっているというのにずっと大事に大事にひっそりと両腕で抱き締める。
 彼等から無限大にのびている直線の一点でしかないわたしには、それはとてもお似合いなのだった。今は、その点にすぎない。
「嫌いになればいいのに」
 またあの電車は来ないかなあ、なんて思いながら小さな願いを白い息と一緒に吐き出した。その言葉は白くて、輪郭のない煙になって空へ霧散していく。ゆったりと一歩、一歩、と足を前に出して、冷たいコンクリートの上を歩く。少しの沈黙のあと、春市くんは「ならない」と力強く言って、わたしの手のひらを包み込むように握った。ふりほどこうと思えばふりほどけるその手のひらの熱さに喉の奥がくるると鳴る。冷たくて乾燥した空気が鼻の穴をくぐって喉に垂れ込み、からからに干からびていく。それと同時に鼻の奥も目の奥もつーんとなにかが込み上げてくるような、そんな痛みがして、わたしはとっさに再びすんっと鼻から息を吸った。
「嫌いになんて、なってあげないよ。兄貴も、僕も」
 その言葉を頭に響かせてから、そうなの、なんて呟いてまた一歩、一歩、とゆっくり歩く。
 嫌いになってくれたら、わたしも春市くんもあの人も、もっともっと楽に息を吸って吐いてができるのにね。ほんとうに、わたしたちって不器用に生きることしかできないみたいだね。一瞬触れあう点と線がちょっとした接点なだけだというのに。