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あの子のねつ

 見ているだけで苦しそうなのだけど、庇護欲とか出てこなくて、なんて言えばいいのだろうか、ただただ可哀想だな、と思うだけであって、むしろ少し、いや大分迷惑なのであって、そうだ、この俺が脳の中にある言葉をこうやって無理矢理に探してしまうほどには、同情している。学生の頃から元気だけが取り柄のような女で、病気で弱った姿を一度も目にしたことがなかったというのもあるのだろうけども。
「……寒い、のに、熱い、のに、寒い、よくわからない、頭いたい、関節いたい……死ぬ」
 病気になったヒロインがかわいくて襲ってしまう、みたいなものを高校時代に少女漫画好きな同級生に押し付けられ、渋々そういう漫画を読んだことがあったのだが、そんなものはまやかしなのだと知った。潤んだ瞳だとか薄くあいた口の隙間からの吐息が色っぽくてかわいらしいだとか、そういうものとは程遠く、目の奥はどろりと死んでいて、ひっきりなしに吸ったり吐いたりを荒く繰り返す呼吸音は熱が含まれているのがよくわかった。
「へえ、喋れるんだ。元気だね」
「元気に見えるなら、亮介は、病院行ってきたらいいよ」
 いつもならさらりと受け流す軽い冗談も、通じなくなっているようだ。
「行くのはお前だろ。で、熱は今何度?」
 そう言うと、名前はもそもそと気だるげに体を布団の中で動かし、脇から体温計を取り出して俺に見せた。液晶に映し出されてる数字を見て、思わず顔を顰めた。そこには、42.3度という今までに見たことない数字がありありと存在していた。
 毛布を剥ぎ取って、名前の脇の下と太ももの付け根に氷嚢を挟んでやる。ひゃっ、と小さく悲鳴をあげるがその声を無視して、その上からまたゆっくりと毛布を被せた。毛布の中は恐ろしいくらいの熱気がたちこめていて、布団の上から湯気が立ち昇ってもなんらおかしくないと思ってしまう。部屋全体もなんとなく熱を帯びている気がした。
 怠い、しんどい、死ぬ、を熱い吐息と共にカラカラに乾いた唇の上で繰り返し吐き出している。その様は見ているこっちがしんどくなりそうだ。
「インフルエンザかもね」
 俺の体内には、もう既にウイルスが入り込んでいるかもしれないけれども、念のために戸棚に入っているマスクを取り出して耳に引っ掛ける。
「今日は、久々の、デート、の日だったのに」
 楽しみにしてたのになあと息も絶え絶えに言う名前に俺は呆れて何も言えなくなった。こんな状態でデートなんて冗談じゃない。
「ほら、病院行くよ」
 名前にもマスクをつけさせ、横になってる名前の膝と肩に手を差し入れて毛布ごと抱き上げる。熱い。人間の体はここまで熱くなるものなのかと人体の不思議を目の当たりにしながら、生暖かいお湯を空気の塊にして抱いたらこんな感じなのかもしれないな、なんてぼんやり考えて駐車場までの道を辿る。その道中、腕の中でぐったりとしている名前が蚊の鳴くような弱々しい声で「亮介に甘えられるなら、こういうのも、悪くないかも」と熱に浮かされながらもへらりと笑うから、俺は「バカだね」と小さく笑ってしまった。
「移ってる可能性高いんだから、名前がよくなったら看病してよね」
 そう付け足すと、真っ赤な顔でこくりと頷いた。確かにこうやって彼女を看病するのも悪くないかもしれないな、と思い始めている自分も、彼女の熱に浮かされているのかもしれない。