穏やかな鼓動の調べ
カーテンの隙間から洩れでる僅かな光が目にしゅわりと染み込んだ気がして、瞼がゆると引き上がる。布団の波に呑まれてしまった時計を救い出して見ると、時計の短い針は五の数字を指していた。起きるにはまだ早い。さっきの光は嘘なのかと思ってしまうくらい部屋のほとんどは濃い青で、その中に少しだけやわらかな黄色が溶け出している。再び眠りにつこうとそのまま瞳を閉じたのだけれど、この時間だったら朝焼けが見れるかしら、なんてそんな気まぐれが働いて、くっつきそうな瞼を指でこすった。空が赤と青と黄と三色が複雑に入り乱れて絡んで縺れて混ざりあっていたのが、徐々に澄みきった青に変わっていく様子を見たくなった。唐突にそう思って、わたしは全身に纏っているあたたかな薄い粘膜を引き剥がすべく、手と足を空気に晒した。一瞬で粘膜は消え失せてしまって、ひやりとした冷たさが足先と指先にやってきて、そのひやりが一番あたたかな心臓にまで到達したところで、ぼんやりとしていた脳がくっきりと目覚めてくる。体を起こす。そしてそろりと床につま先を着けようとしたとき、後ろから乱暴に腕が腰にまわされて、強く引き戻された。視界がぐるりと反転して、あっという間に、再び白いあたたかな波に呑み込まれてしまった。
「まだだめ」
寝起き独特の掠れた声が首筋にあたる。同時に吐き出された息がむわりと布団の中に広がって、ちょっぴり臭い。でも、それはお互い様だ。わたししか知らない匂い。御幸しか知らない匂い。布団の中に満ちている。
「甘えたさんだ」
そう言って笑うと、御幸はそうなのかも、とポツリと云ってぎゅうぎゅうと腕の力を強めるのですぐ後ろにある頭をそろりと撫でてやる。なんだかカラダだけ大きな子供みたいだ。もっともっと見せてくれて構わないのに。あなたのダサくてカッコ悪くて子供なところをわたしはたくさん見たいのだ。
「そっか。でも朝焼けがなあ」
「見てえの?」
そう云われて、わたしは改めて考える。朝焼けと御幸を天秤にかけてみる。ぐらぐらと何回か揺れた後、少しだけ朝焼けの方に傾く。けれどもすぐ後ろにいる御幸がわたしの肩口にぐりぐりと頭を埋めて「落ち着く」なんて云いながらゆっくり息を吐き出すものだから、みるみるうちに天秤は御幸の方に傾いていく。
「また今度でいいや」
わたしはぴったりと背中に張り付いてる胸やらお腹やらからゆるやかに脈打ってる鼓動を聞きながら、お腹にまわされた手に手を重ねた。
そうか、このあたたかな粘膜はお布団ではなくて、あなたが作っていたのだったね。
自分のなかの小さな発見に唇を緩めて、わたしは白い波に呑まれる。直接景色を瞳に焼き付けなくたって、夢の中でみるさまざまな景色を鳥のように翼を広げて悠々と楽しむ休日もいいかなあ、なんて。すごく贅沢な休日だね。
お腹にするりと忍び込んできた手を容赦なくひねって、イテテと苦笑する声を聞きながら、ぐんぐん明るくなっていく光の中で、わたしは再び瞼を閉じる。
「おやすみ」
耳元で囁かれた声を最後に、意識を手放した。