かぷかぷ、
「体調はどうなの」「まあまあだよ」
「ふーん、そう」
するすると梨の皮を剥く姿はなんだか主婦みたいだ。本当なら私が主婦なのに、少し嫉妬してしまうくらいに上手であった。手つきは恐ろしいほど流暢で、野球をしている手だというのに指先が驚くほど綺麗だ。下手すると私よりきちんと手入れされているかもしれない。最近は家に帰れなくなってしまい、一人暮らしをさせてしまっているためか、いつも私が剥いていた果物を器用に剥けるようになっていた。きっと、もともと器用な人なのだろう。梨を螺旋状にくるくると回しながら剥いていく。中盤に差しかかっているのに未だ梨の皮は千切れない。
あ、手が止まった
どうやら長い前髪が目を覆ってしまったらしい。美しい色をした髪の毛を指でそっと横に払う仕草が色っぽく映った。
布団も敷布もベッドも全て真っ白に塗れたところで横になりながら、彼をずっと眺めた。倉持くんと御幸くんが見舞いに来てくれたときに持ってきた果物があまりにも多かったため、彼に剥いて食べてもらうことにしたのだ。如何せん、点滴が終始ぶら下がっている利き腕でナイフを操るほど元気ではなかったので、彼に甘えることにして、ありがたく頂戴する。
「亮介、無理して来なくても大丈夫だよ?」
「別に無理してない」
私の暑苦しい視線をきっと全身で感じ取っているだろうに、こちらに一瞥もくれないのはさすがに悲しくなってきた。けれど、言葉の端々に滲む優しさに絆されて、そんな行為も赦してしまうのだ。
「時間があったからね」
「え、倉持くんが最近亮さんは忙しいみたいだ、て言ってたよ」
「お前が知る必要はないよ」
しゃりしゃり。刃が皮と実の間を裂く音は聞こえなくなっていた。その代わりに、梨を真っ二つに、そして更にそれを半分にざくっと切った。淡い緑色のプラスチックの容器に、全て綺麗に整った形をした剥き身の梨が陳列されていた。
「亮介」
何?と素っ気なく返ってくる。その梨の並べられた皿を意味もなく見つめたままだ。此方を振り向きもしないのは予想済み。
私は一呼吸置いて、そんな彼を見つめた。
「ありがとう」
時が止まったように静まり返って、俄に息を呑む音だけがした。数秒後に「名前、生意気」と小さくぽつりと洩らした。
亮介が照れているときのクセだ。そんな可愛らしい姿に、くすりと笑うと、ますます黙り込む。けれど、彼は無自覚であろう後ろから見える赤く染まった耳が私の頬を、さらにゆるませた。
そして少し眉根を寄せた顔で、すっ、と目の前に差し出されたのは彼の手によって剥かれた梨たち。フォークがお皿に添えられていたけど、それは使わず、素手でそっととって、ゆっくりと咀嚼する。
水っぽくて、ほんのり甘い。
それはなんだか彼にそっくりだった。
私はそれに溺れるあの蟹のよう、
title:宮沢賢治『やまなし』