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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

強がりで勝ち気でときどき素直

 これまた、随分ベタな展開に瀕してしまったらしい。

 朝、早めに切り上げられた朝練を終えて、靴箱を開けると、そこに一通の手紙が鎮座していた。
 御幸は思わずめんどくせえと顔を顰めた。
 モテないそこらの男共に言ったら殺されそうなセリフだが、モテる男も大変なんだよ、と一人ごちると同時に溜め息を吐いた。
 彼女がいるというのに、毎回時間と場所を指定されて、顔も名前も知らない興味もこれっぽっちもない奴のために貴重な時間を割きその場所まで行って、いつもの常套句を言って泣かれるこっちの身にもなってほしい。
 中学生の時は、靴箱にいれたら手紙臭くなってんじゃねえの? と思って面白半分で臭いを嗅いでみたり、爆発物だったりしてという想像から手紙を耳に当ててみたりそんなバカなことをしていたが、これが繰返し行われることで、そういう興味も色褪せてしまった。
 御幸は周りに誰もいないことを確認してから、そのいかにも女子っぽい手紙を取り出して丁寧に糊付けされている封をびりびりと破った。三つ折りに畳まれたピンク色の便箋をパラリと広げる。
 幸い、まだ朝早いので周りに生徒はいない。野球部の面々もまだ下駄箱まで来ていないようだ。だからそこで安心して読んでいたのが間違いだったのだろう。
 考えが浅はかだった自分を、ものの数秒後恨むことになった。

「ふーん、ラブレター?」

 突然、耳元で名前の声が茶々を入れた。

「う、わっ」

 思わず小さく叫んでしまい、手紙を取り落としてしまう。
 ひらり、ひらりと舞い落ちたそれを名前はすかさず拾い上げて、目をさっと通した。「意地らしくて可愛い内容だねえ」と至極楽しそうにからかう声がまた不本意だった。無言で名前の方へ睨み付けるように視線を転じれば、名前はその視線を丸ごと無視して「これ返すねー」と手紙を御幸に戻した。

「今日のお昼休み、体育館裏で待ってるらしいよ。ベタだなあ」

 声の調子はいつもと何ら変わらず、興味の欠片もないとばかりにふっと鼻で笑った。
 そんな様子の名前に、御幸は俺達ほんとに付き合ってんのか? と疑いたくなるが、そんなこと今更確認しあう仲でもないし、女々しいこと言うのも気が引けるので、とりあえず胸に走る不満をぐっと押し殺す。
 だがそんな胸中を知らない名前は目の前でからかうネタができた、だとか倉持にこのこと言おう、と嬉しそうに話す。御幸は名前の口から他の男の名前を出されるのもあまりいい気分はしないのに、平然と口にする名前にとうとう堪えきれなくなって名前の言葉を遮るように「お前ってさ、」と御幸は口を開いた。

「嫉妬とかしねえよな」

 ぼとっ、と上靴を床に落とす。その音がやけに大きく響いた。自分の声音がどこか拗ねたようになったのがわかる。
 名前は御幸の言葉に少し考える素振りを見せてから、「それはどうだろう」と普段ではあまり御目にかけられないほど可愛らしく小首を傾げた。
 そんな何気ない仕草に、未だ心臓が跳ね上がることを、名前は知っているのだろうか。

「嫉妬、してるよ。実は」

 御幸は気づいてないかもしれないけど、と付け足す。

「そんな素振り見たことねーけど」
「わからせないようにしてるからね。私、御幸が思ってるよりずっと嫉妬深いよ」

 抜け抜けとよく言えたものだ。どれだけ御幸が他の女子に言い寄られても横でへらへらと笑っているものだから、いつも複雑な気持ちになる。
 本当か? と疑うような気持ちが顔に顕著に出てしまったのだろう。名前がその様子を見兼ねて、喉の奥でくすりと笑った。ますます顔を顰めると「イケメンな顔が台無しだね」と肩を小さく揺らす。そして大きく息を吸い込んでから言った。

「私以上に、御幸に釣り合う女なんていない」

 でしょ? と目もとを和らげてふわりと笑った。御幸は目を見開いた。御幸はその見開いた目のまま名前から視線を外せずにいた。名前はすぐにはっとした表情をして、御幸の視線から逃れるようにくるりと背を向けた。

「じゃあ、先行ってるよ」

 固まったままの御幸を残して颯爽と階段を駆け昇って教室へ向かう。階段の踊場でスカートが翻す。ちらりと見えた横顔は少し火照っていた。
 自分で言って照れるくらいなら言わなきゃいいのにと思う反面、嬉しさで次第に顔がだらしなくゆるんでいく。
 彼女のたった一言で毎度のように一喜一憂してしまう自分は本当にベタ惚れなのだ。御幸をここまで翻弄させるのは名前しかいない。
 この手紙の主には悪いが、手に持っていた手紙は掌の中でぐしゃりと潰した。なんたって、御幸の中で一番はやっぱ名前だからだ。瞼を閉じると思い浮かべるのは、憎たらしく挑戦的な名前の笑顔と同時に、目元が綻びふわりと笑った名前の笑顔。その差が大きくて、一人で小さく笑ってしまった。
 後に、この名前とのやりとりを一部始終倉持に見られていて「お前ってほんとだっせーな」と笑われることになる、ほんの五秒前の出来事であった。