お土産はゴルゴンゾーラ
久々に名前が帰国する。逸る気持ちが抑えきれずに、到着予定時刻よりもずいぶん早くに空港に着いてしまった。けれど名前のことをあれこれ考えながら待つのはまったく苦ではなく、むしろその時間すら有意義なものに思えるくらいには彼女に首ったけだ。
国際空港は広くて小洒落た喫茶店が幾つもある。その中でも到着口に近い喫茶店に入ると想像以上に賑わっていて、今から初めて海外旅行に行くであろう初々しい男女を横目にコーヒーを啜る。期待に胸を膨らませるその男女は現地のレストランを調べていて、ここがいいだの、ここは見た目がイマイチだのと和気藹々と話し合っている。
そんなやりとりを耳にして、ふと思い出したのは、名前に会いに海外へ行ったときのこと。なんの前情報もなしに入ったお店でパスタを頼んだら、くたくたに茹でられたニョッキみたいな形をしたものに刺激的な香りのする青い筋が入ったチーズが沢山のせられて出てきた。口の中に入れると、柔らかすぎて舌の上でもろもろと崩れてしまい、パスタと言うには程遠い上に、ぴりっと痺れる感覚があとから襲ってくる。このチーズ独特のものらしかった。
「鉄朗、これ、どう思う?」
伺うように俺を見る名前に、神妙な顔をしてみせた。
「控えめに言って不味い」
「やっぱり!?」
「レジェンド級」
崩れかけのニョッキにチーズを絡ませて口に運ぶ。
「すごい刺激的だよね」
「クセになりそうだな」
お互いに顔を見合わせて、くつくつと肩を震わせて笑った。
けれどもそれからあのチーズの味が忘れられず、本当にクセになってしまい、今では俺も名前もすっかりそのチーズの虜になっている。そんな意外な出会いがあるのも海外の醍醐味だと思いますよ、と誰にいうでもなく唇の裏でつぶやいて、もうすっかりぬるくなったコーヒーを呷る。
時計を見たら、もう随分と良い時間になっていたので、到着口へ向かった。
長旅で少し草臥れた表情の名前が、スーツケースを引きながら到着口に現れた。俺の前を通り過ぎそうになったので、名前、と慌てて声をかける。顔を上げた名前は俺を視界に入れた瞬間に顔をほころばせた。
「鉄朗、ただいま!」
芯の通った明るくて朗らかな声。電波に乗せずに直接耳にするその声は、ずっと待ち望んでいたものだった。
「おかえり」
名前は両手に持っていた荷物をその場に置いて、人目を憚ることなく俺の首に抱きついて首元に顔を埋めた。髪の根元をそっと撫でると、ぎゅうっと腕の力が増した。
淋しいのは、どうやら俺だけじゃなかったようだ。