BGMは道化師の朝の歌
ゆったりとしたクラシカルなBGMとともに欧州独特の煉瓦造りの美しい街並みがテレビに映し出されている。その遠くで真っ白なワンピースを着た女性がただその街の中を歩いているだけの映像なのに、自分がまるでその場にいるような感覚になって、不思議と惹きつけられる。
大学生ぐらいまで、雰囲気映画なんてこれっぽっちも興味が湧かず、アクションやホラーばかり見ていたが、名前に会いに行くために、マルセイユやウィーンやベルリンに実際に足を運んで現地の空気を肌で感じたり、芸術に触れる機会が増えたことで、ロードムービー系のドキュメンタリーやサイレント映画も楽しめるようになった。
そんな機会をくれた張本人は、今、頭を俺の肩に預けてぐっすりと眠りこけている。ちなみにこの映画を見ようと言いだしたのも彼女なのだが、むにゃむにゃと唇を動かして気持ち良さそうに夢の中にいる。ついさっきまでずっとピアノを弾いていたから疲れたのだろう。そのままにしておく。もしかしたら、夢の中の彼女も映画の中のような場所にいるのかもしれない。
「てつろ、きつねうどん」
前言撤回。どうやら日本できつねうどんを食べたいらしい。本日の夕飯はきつねうどんに決定だ。この映画が終わったら、まず名前を揺り起こして、きつねうどん食うぞ、と言ってみる。覚醒し切ってない名前が意味もわからず曖昧に肯くのを確認してから、部屋着の上から適当なジャケットを羽織って外へと連れ出す。夕方の散歩が大好きな彼女は、きっと白い息を吐き出しながら気分よく鼻唄を口遊む。その鼻唄をBGMにスーパーへと繰り出そう。そして家に帰ったら出汁をたっぷりと含んだ甘いおあげを一緒に齧るのだ。