いらっしゃい、ご近所さん
ふらり、と一匹の真っ黒な猫が気まぐれに我が家へ訪れる。
片耳が折れたその猫は、きまって太々しく庭をぐるりと一周し、日当たりのいい場所を見つけるとくあっと大きな欠伸をひとつしてごろりと寝っ転がる。その仕草はまるで休日にとなりで微睡んでいる彼女そっくりで思わず笑みが洩れる。
どれ、ちょっと戯れてみようかとテラス戸をゆっくりと開けると、耳と尻尾をピンと立てて嬉しそうに駆け寄ってきたが、名前ではないと分かった途端、興味を失ったようにふいとそっぽを向いて、とぼとぼといつもの定位置へ戻っていく。あまりにも露骨な態度に「かわいくねぇの」と悪態をつくと五月蝿いとでも言うようにこちらをひと睨みしてニャアと鳴く。この猫は名前にだけ懐いている。名前が人差し指であごの下をくすぐるように撫でると、ごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らすのに、俺には近寄りさえしない。
「名前、再来月に帰ってくるぞ」
言葉を理解できるほどの知能を持ち合わせているのかよくわからないが、ニャアと再び鳴いた声は、先程と違ってどことなく明るい。
最初にこの猫が来た時、名前がにやにやしながら「この猫、鉄朗にそっくりだねぇ」と言われた時は眉間に皺を寄せて「は〜? 似てませんけど?」と思わず否定したが、でもまあ、名前の帰国を待ち焦がれているという点では、たしかに似た者同士なのかもしれない。