おいしい紅茶
「え?! まだ付き合ってないの?」舞子ちゃんは目を真ん丸にした。睫毛が長くて美しい色を宿したその大きな瞳がより見開かれて、なんだか宝石のようにころんとこぼれてしまいそうだ。舞子ちゃんが淹れてくれた紅茶を啜る。ランベンダーの優しいまろやかな香りが鼻腔を通って思わずはあと息をつく。
「そうなんだよねえ」
「もう、あっちゃんは何をしているの?」
ぷりぷりと頬を膨らませて怒る舞子ちゃんは今日もとても可愛い。ちょっとだけ炯くんのことが羨ましくなった。こんな可愛い奥さんがいるだなんて、なんだかずるいじゃないか。釈然としない。けれど彼は彼でとても顔も整っているし、舞子ちゃん一筋なことを重々承知なので声には出さないけれども。
「名前も名前よ?」
ふいに出てきた自分の名前に驚いて「え?」と思わず声が出る。そうだ、そうかもしれない。灼はいつ彼女ができたっておかしくはない。もうすでに灼のことを好きな人が職場にいっぱいいるのかもしれない。仕事についてあまり話さないからよくわからないけれども。うーん、と頭を抱える。
「うかうかしてたら、あっちゃんを誰かに取られちゃうかもしれないじゃない」
「その時は、その時で…というより、私の所有物でもありませんし…? 私は、……灼が幸せだったら、それで良いよ」
普段の自分とは考えられないほど弱々しい声だった。灼は私にとって神様みたいな存在だ。だから、付き合うとかそういうのは烏滸がましいんじゃないかな。例えば、キリスト教信者がイエス様と結婚を願うようなそんな感じ。舞子ちゃんはそんな私にくすくすと鈴を転がしたように笑って「ほんと、素直じゃないんだから」と肩を竦ませた。
「紅茶お代わりいる?」
「いる!」
舞子ちゃんは同い年だけれども、もうずっと私のお姉さんみたいな存在だ。
「私、舞子ちゃんと結婚したい」
「うーん、不倫になっちゃうの? この場合」
ふふふ、お互い肩を震わせて笑った。これはきっと炯くんもびっくりだろうな。あたたかいティータイムはまだ続く。