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A花火

 現場に向かう車の中で、後部座席から「けーいー」と緊張感の欠片もない間延びた声がかかる。「灼」とわざとらしく語気を強めて名前を呼んでもさらりと受け流して「名前から写真が送られてきたんだ」と今にも歌い出しそうな口調で言った。
「名前から?」
 いつもなら、車の中ではうとうとと船を漕いで静かにしているであろうはずの灼が、今日は珍しく起きているなと思っていた。理由はその写真のせいだとわかり、なるほどと一人納得する。
「うん、花火と舞ちゃんの綺麗な横顔が映った写真」
 どんな写真だろうか。気にならないわけがないが、灼にそのまま訊ねるのは灼のペースに乗せられているようなものだと思い、何とか踏みとどまる。
「……そうか」
 平静を装って返事をするが、油断した心の隙間にするりと巧く入り込んでくる灼がそんなこと見逃すわけもなく、炯ってば、本当にわかりやすいよねと喉の奥でくつくつと笑っている気配がする。そんなこと言う奴は灼と舞子とあと名前ぐらいだ。
「あ、ホントに花火の音がする」
 灼の声につられ、耳を澄ます。遠くの方から花火の音が聞こえないこともない。両サイドの窓を開け放つ。長い口笛みたいな音、短く破裂するような音、じゅわっと弾けるような音。それぞれの音が夜風に乗せて絶えず聞こえてくる。ここからでは見えないけれども、夜空にはたくさんの大輪が咲き乱れているのだろう。
 これから向かう現場のことはもちろん大事だ。だが、この車の中だけは、轟く花火の音に耳を傾けてもいいかもしれない。はしゃぐような灼の声と花火の音が一緒に混じり合って、とても愉快な道中になった。
 デバイスがチカチカと光っている。名前が気を利かせて写真を送ってくれたのだろう。仕事を終えた帰りにじっくり堪能することにする。
「たーまや〜、かーぎや〜」
 灼のその声につられ、一緒になって口に出しそうになったのは内緒だ。