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 43 夕焼け

 全てが紅に染まる空を見上げながら歩いている。何も追い立てられることなくのんびりと足を動かして家に帰れる日が来るなんて、仕事をしていた頃は思いもしなかった。
 両手にはスーパーの袋。一つはお酒とおつまみ類、もう一つは今日の夜ご飯と明日明後日の食材が入っている。いつも買っていた添加物だらけのコンビニ弁当は、今はもうぶら下がることもない。
 ふと右手が軽くなる。となりにはよく知る気配があって「これ、重いでしょ」と苦笑しながら中身を確認している。だってそこには350mlのビールとチューハイがそれぞれ二本ずつ入ってるから重いのは当たり前だ。
「重いならわたし持つよ」
 手を差し出すと、京治くんはぐぐっと眉間に皺を寄せて固く口を閉ざした。ちょっと怒っている。
「冗談だよ?」
 肩を竦めて見せても、小難しい顔をした彼の表情はちっとも変わらなかった。
「春さんが言うと冗談に聞こえないです。あと、人を頼るということをもっと覚えて下さい」
「だって一気に買った方が楽なんだもん」
「今度買い物行く時は、声をかけてください。一緒に行きましょう」
 そうは言っても、京治くんの仕事は多忙だ。こんな早い時間に、彼がとなりにいるこの状況はとても珍しくて、彼の顔をついまじまじと見つめると「明日からまた泊まり込みになりそうなので今日は早く帰ってきました」と説明してくれた。
 ほとんどの日はわたしより早く起床し、わたしの分も含めた二人分の朝食を作り(わたしの分はいつも丁寧にラップがかけられている)仕事へ赴く。そして帰ってくるのはいつも遅く、真夜中に帰って来て就寝につく時もあれば、朝方に帰ってきて就寝することもしばしば。休日だと思いきや、原稿を取りに行かなければならなくなったとか、打ち合わせの電話を自宅から掛けたり、仕事が入ったと急いで家から出て行く後ろ姿を何度も見ている。いってらっしゃ〜いと布団から呑気に手を振るわたしは、家で夜ご飯を作ったり、生活用品を買い足したり、掃除をしたり、洗濯したりすることでしか彼に貢献できないのだからこれくらいさせて欲しいし、休日ぐらいはのんびり過ごしてもらいたいというのがわたしの希望なのだけれど。
「え〜、普段仕事で忙しいのに、休みの日までそんな色々させられないよ」
「俺が一緒に行きたいんです。最近ただでさえ一緒にいる時間が少ないですし」
 そう言われてしまうと、断ろうにも断れない。渋々「わかったよ」と肯くと、彼は切れ長の目元をやんわりと和らげた。学生時代から、彼が時折見せるその顔にとことん弱い。なんだか悔しい。仕返しに「わたしは京治くんの顔を見るだけで幸せだよ」と呟けば、彼は口を閉ざしてそっぽを向いた。今の空と同じ色に染められた美しい耳が視界に入って、わたしはこっそり笑った。