46 日記
今日の朝練の時は自分はどういう状態だったか、どんな音を鳴らしていたのか、どの音が調子が良くてどの音の響きが悪かったのか、など色々なことを思い出しながら事細かにノートに書き出していく。この作業はきらいではない。自分でもわからなかったことが、ノートに書き出すことによって自身の課題がより明確にわかり、頭の中が整理整頓されていく気がするからだ。他には…と思考を巡らせていると、ノートの右側から黒い影がぬっと伸びた。
「日記か?」
他人に見られるのは恥ずかしくて咄嗟にノートを閉じて顔を上げる。そこにいたのは影山くんで、わたしのノートへ静かに目を落としていた。
「これは、ええと…」
説明しようと口を開くと、影山くんは大きなエナメルのバッグの中をガサゴソと漁り、わたしの目の前に一つのノートを差し出した。鞄の中でもみくちゃにされたのか、ノートの端っこは少しくたびれている。
「俺も、つけてる」
同じことやってるやついるんだな、と影山くんの声の中に少し喜色が混じっているのがわかって、こちらもなんだか照れくさくなった。
「これ、見てもいい?」
影山くんは将来的にバレーボール選手になるだろうと噂されている。そんな彼の一部分を構成しているその日記に、純粋に興味が湧いた。
「おう」
影山くんは穏やかに肯いた。見られることに対して抵抗はないらしい。
「ではお言葉に甘えて」
ページをめくると、ぱっと読めるのは日付ぐらいでミミズが這っているような文字の羅列に「影山くん、読めないんだけど」と思わず笑う。「そうか?」とかわいらしく首を傾げて「まあ俺がわかれば問題ねえ」と言いながらわたしのノートをいつのまにか手に取り、ぱらぱらと読み始めた。あっ、と声をあげようとしたけれど、影山くんは成瀬みてぇに本当にきれいな字だな、と口元をやんわりとゆるめるので、返してだとか、つまんないでしょ、などと頭の中に跋扈していた文句はきれいさっぱり消え去って、思考がフリーズしてしまった。
影山くんはとんでもない天然人たらしだ。
今までそんなにしゃべったことも、関わったこともなかったのに、これから影山くんのことが気になってしまうじゃないか。なにか仕返しがしたくなって、「影山くんはバレーをしているときとびきりにかっこいいよ」となにげなく告げたら、そこにはびっくりしたように目をまんまるにした彼がいて、にんまりと唇の端が持ち上がってしまった。