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テーマ「推しとの恋」
- ナノ -


 61 癖

 びっっっくりした。面食らう、とでも言えばいいのだろうか。朝練を終え教室に入ると、幼少の頃からずっと長い髪を維持し続けていた春の髪の毛が、それはもう天晴れと言いたくなるくらいにばっさりと切られていた。春は視線がかち合った瞬間、露骨に目を逸らした。おやおや。まあでも彼女の心中は筒抜けであるので問題ない。おそらく、切られた髪の毛を俺にどう思われているか気にしているのだろう。でも強がりで意地っ張りな彼女は直接その不安を口にはしない。そんな心配なんてしなくていいのにな、と胸の内だけでぼやく。
「春ちゃーん?」
 首を傾げつつ彼女の名前を呼びながら近づいていく。それでも彼女は一向にこちらを見ることはない。ずっとそっぽを向いている。目の前まで来てもまだ俺の顔を見ようとしない。髪の毛が短くなったことで、彼女の可愛らしい小振りな耳がひょっこりと見えるのはとても新鮮で、思わず「おお」と感動の声を出しそうになる。
「失恋でもした?」
「……わたし、いつのまにかクロにフラれてたの?」
 鼻先であしらわれると思っていた冗談は、存外真面目な声音で返され目を丸める。あーー、これは掛けるべき言葉を間違えたかもしれない。もし隣に研磨がいたら「今のはないね」とそれこそ鼻で笑われるだろう。
「春のこと振る予定も手放す予定も今のところ一切ないんで、安心してくだサイ」
 ようやっと目があったかと思えば、じとりとこちらを睨みつけている。
「…胡散臭い」
「本心だよ」
 だって、と春は口ごもる。迷うように口を閉じたり開いたりを繰り返している。俺は春から言葉が出るまでじっと待った。
「だって、クロは、ロング…好きだったんでしょ?」
 思わず「え?」と声が出る。たしかに小さい頃から好きな女の子の髪型はロングと主張してきた。でもそれは春がロングだったからであって、それに一々考えるのも煩わしいからロングと答えていたというのもある。というか、幼少の頃から一途に思い続けているというのに、春が長かった髪の毛を切ったというそんな些細な理由で振られると思われていた方が心外だ。けれども今は、自分の傷つけられた心よりも春のその誤解を解くことの方が最優先事項である。
「ロングだろうがショートだろうが、春だったらなんでもいいんだよ」
「……そんな恥ずかしいセリフよく言えるよね」
「春ちゃん限定デス」
 わざと顔を近づけて耳元で囁くと春はわかりやすく頬を紅潮させた。追い討ちをかけるように「かわいい」と続けると、彼女は「うるさい」と言いながら髪を耳にかけようとした。けれどもその髪の毛はなくて、中途半端に浮いたままの手が固まる。それは照れた時によく見せる彼女の癖だった。たしかに、その仕草が見られなくなるのは少し残念かもしれない。でもその代わり、今は真っ赤に染め上げられた耳がよく見えた。その耳の縁の輪郭を指でそっとなぞる。春は「く、クロっ」と焦ったように俺の名前を呼ぶが、その声がどこか遠くに感じる。さらに耳たぶまで触ろうと指を動かしたところで「朝から教室で発情すんじゃねえ!!」と夜久の拳が頭に思いっきり降ってきた。突然与えられた衝撃に、ぐへえと間抜けな声が自分の口から漏れ出た。調子に乗り過ぎたとは思うけれども、これはあんまりじゃないだろうか。俺の彼女だし。顔をあげると、春と夜久の冷たさを孕んだ瞳がこちらを見下ろしていた。ごめんってば。口だけ反省の色を浮かべながら、ショートにしたらこんなにも簡単に春の耳に触れることも出来るんだなと唇を緩めてしまう自分がいた。

「そういえば聞いてなかったけど、どうして髪の毛切ったの?」
「長い髪の毛の自分に飽きたから」
「そういうもん?」
「研磨は変わったのに、クロは変わんないね」
「まあ、今のところ変える理由もねえしな」
「クロが突然坊主になったらさすがに驚くかも」
「いやでも、将来ハゲるかもしれねえ…」
「心配するの早すぎでしょ。ねえ、クロ。もしわたしが坊主になってもわたしで良いって言える?」
「坊主でも…って言いたいところだけど、坊主になる前に相談はして欲しいデス」